ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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「野球ってすげえな」

○6-3巨人(東京ドーム:1回戦)

 映像を見れば一目瞭然だった。髙松渡の伸ばした左手がわずかに捕手のタッチより早くホームプレートに触れていることを確認するや、固唾を飲んで見守っていたレフトスタンドの青い集団はこの日一番の絶叫とも歓声ともつかない大声を張り上げた。

このために選ばれた男

 髙松はつい数週間前まで開幕2軍スタートが濃厚視されていた選手だ。足の速さは誰もが認めるところながら、スタートの判断力や盗塁技術の乏しさだったり、俊足以外の取り柄がないことがネックとなり、キャンプを通してメディアでもファンの間でも話題に上ることはほとんど無かった。

 事態が急転したのはちょうど1週間前。期待のルーキー田中幹也が脱臼で離脱し、内野手の補充要因として髙松が抜擢されたのである。すると24日のオープン戦で代走で登場し、初球から走って二盗を成功させたことを立浪監督が「彼の足は武器になる」(3月24日付「スポーツ報知」)と評価。駆け込みで開幕1軍入りを果たし、最も痺れる場面で最高の仕事を見せてくれたわけだ。

 思い出すのは未だ余韻が残るWBCの準決勝。土壇場の9回裏、無死一、二塁で一塁走者の吉田正尚に代わって出てきた代走・周東佑京の姿である。あの時の地上波アナウンサーの「周東はこのために選ばれたんです!」という言葉が印象に残っている。代走とは、ベンチが思い描く理想を実現するために1秒でも速く、1ミリでも早くホームに生還することが求められる。

 一切の無駄が許されない酷な稼業であるが、今夜の髙松の仕事はこれ以上ないものだった。

 岡林勇希の叩きつけた打球を投手が捕ったその瞬間、髙松はまだ三本間のハーフウェイ付近にいた。そこからわずか1.5秒後、信じ難いことだが猛然と頭から滑りこんだ髙松は、やはり必死の形相でトスを試みた巨人バッテリーの思惑をかいくぐり、起死回生の同点のホームインを果たしたのだった。

 もしアウトだったらと思うと肝が冷える。先日のオープン戦で髙松が盗塁を決めていなかったら、もしかすると開幕1軍切符は別の選手の手元に渡っていたかもしれない。この日ベンチ入りした17人の野手はもちろん、現状チームに所属する戦力のなかであの仕事ができるのは間違いなく髙松ただ一人。まさしく “このために選ばれた” 男が、開幕早々その自慢の脚力によってチームを窮地から救った。

ちんけな「常識」よりも大切なものがプロの世界にはあるのだ

 チームが勝利を掴んだその時、背番号11の頬には涙が浮かんでいた。7回を投げ切り2安打1失点。ここでお役御免かと誰もが思いきや、責任感の強いサウスポーは疲れた様子などおくびにも出さず8回のマウンドに上った。今年はエースとしてチームを引っ張って行くのだーーそんな決意が滲み出た続投。

 余力を残してマウンドを譲る近年の常識に反した起用法には異を唱える人も少なからずいるかもしれない。だが、それよりも小笠原の心意気である。背筋に戦慄が駆け上るほどの心意気。あれを見てしまうと、ちんけな「常識」よりも大切なものがプロの世界にはあるのだということを実感させられる。

 運命の一球はこの日の145球目。今どきこんな球数を目にすることもめずらしいが、待っていたのは小笠原にとってあまりにも非情な結末だった。ベンチに戻った小笠原は、グラブを叩きつけるでもなく、うなだれるでもなく、ただ魂が抜けたように呆然と宙空を見つめるばかり。いろいろな感情がごちゃ混ぜになり、今にも爆発しそうな苛立ちを必死で抑え込んでいるようにも見えた。

 ゲームセットと共に流した涙には、きっと様々な意味が含まれているのだろう。だがおそらく、その主成分は「感動」だと思う。我々ファンと同じように、昨季はほとんど無かったチームの逆転劇に素直に感動したのではないかと、私は勝手に推測しているのだ。

 いやはや開幕戦から凄いものを見た。もうこれが今年のベストゲームなんじゃないかと心配になるほどだ。「野球ってすげえな」ーー本当にそう思う。だって2年近くどう頑張っても勝てなかった勝野昌慶が1球で勝利投手になっちゃうなんて、誰が想像したよ。いやー、すげえな。