ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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「4番サード」

○9ー2巨人(バンテリンドーム:4回戦)

 ちょうど2週間前、東京ドームでの開幕戦と同じマッチアップとなったこの試合。あの時は小笠原慎之介、ビーディ共に白黒つかず、9回表に巨人のリリーフ陣を打ち崩したドラゴンズが逆転勝ちした。あれからまだ10試合余りしか消化していないが、両軍は早くも苦境に立たされている。

 ゲーム差なしの最下位攻防戦ーー。皮肉っぽく言えばこのカードはそうした謳い文句が付く。既に4度の零敗を喫したドラゴンズは深刻な貧打に苦しみ、一方の巨人はそもそもの先発投手不足に解決の兆しが見えないまま黒星を重ねている。一筋でもいいから何とか光明を見出したいのは両軍同じこと。だとすれば、先にそのきっかけを掴んだのはドラゴンズの方だと言えるのかもしれない。

「4番サード」

 ランチに立ち寄った定食屋でテレビのワイドショーを何気なく眺めていると、白髪の司会者がやや興奮気味に今夜のナイターについて話し始めた。ロッテ対オリックスで、初めて佐々木朗希と山本由伸の対決が実現する。それを昼間のワイドショーが紹介していたのだ。

 プロ野球が話題に上ることも滅多にないのに、あろうことかパ・リーグの投手対決がここまで注目を集めるとは。WBC効果に驚きつつ、佐々木と山本の異次元的なすごさをあらためて実感した瞬間だった。

 ただ、ドラゴンズにも希望の星はいる。投で言えば髙橋宏斗はトラウトを三振に封じたあの決勝戦を境に “スター選手” の仲間入りを果たした。エースと呼ばれる投手はいても、登板日になるとあきらかにチケットの売れ行きが変わる投手はそうは出てこない。その意味で髙橋はもう立派なスターと言えるだろう。

 では打の方はどうだ。もうずいぶん長い間、このチームから野手のスター選手は生まれていない。そして長期にわたる球団低迷の要因も突き詰めればそこにたどり着く。ただし一人だけ、そうした存在になれる可能性をもった選手ならいる。石川昂弥だ。

 この日、約11ヶ月ぶりに表舞台に戻ってきた石川は、背番号が入団以来の2番から25番に変わったこと以外は何一つ違和感なく1軍に溶け込んでいた。やはり石川には2軍のどこか牧歌的な雰囲気より、華やかでありながらもピリついた1軍の空気の方が似合う。

「4番サード」、それが石川に与えられた居場所だった。当初、復帰は後半戦になるのではと報じられていた。それだけ大きな怪我を負ったのだからムリは禁物。出場できるとしても、まずは試運転がてらに代打から入り、そこから段階的に慣らしていく。誰もがそんな復帰プランを思い描いていたはずだ。

 それだけに初戦からスタメン出場という思い切りのいい起用に対して、安堵感よりも心配が先立つのは無理からぬことだった。その一方で、「石川昂弥」の名が刻み込まれたスタメン表を何度も見返してはついニヤついてしまう自分もいた。待ち望んでいたこの日が来た。予想よりも遥かに早く。そして、一番戻ってきてほしいタイミングで。

シン・ドラゴンズ

 序盤に4点先取したドラゴンズが優位に試合を進めつつも、6回表を機に不穏な空気がゲームを包み始めていた。クロスプレーでの木下拓哉の空タッチ、さらに11球粘った末の中田翔のタイムリーは、この試合がただでは済まないことを暗示しているようでもあった。

 追加点が欲しいドラゴンズだが、上位から始まる7回裏も岡林勇希、アキーノが連続三振。胃が縮まるような終盤の展開を覚悟しつつ、ひとまず石川昂弥の4打席目に集中することにした。その4球目だった。真ん中高めに来たカウント球を迷いなく振り抜くと打球はレフト線を破り、あっという間にフェンスへと到達した。復帰後初のヒットは石川らしい速い球足のツーベース。塁上で飛び出したガッツポーズに呼応するかのように大盛り上がりのベンチ。

 これだ、この底抜けの高揚感がドラゴンズには足りなかったのだ。昨年の5月27日以降、まるでどこかに置いてきたかのように消え失せていたベンチの昂ぶり。それを久々に見ることができて、私はあらためて石川昂弥の帰還を実感し、年甲斐もなく涙が頬を伝っていることに気付いた。

 ライトスタンドの隅で、「シン・ドラゴンズ」と書いたボードを掲げたファンが中継画面に映っていた。石川昂弥のいないドラゴンズは空虚だった。その石川が帰ってきた今、ようやくドラゴンズは「真」の姿になったと言えるのかもしれない。

 でも正直、ツーベースで二塁に足から滑り込んだときは肝が冷えた。頼むからムリはしないでくれ。なんなら数試合に一度は休養を取ってもいいから。この楽しい時が、どうか今度は長続きしますように。祈りながら見守る日々が続きそうだ。