ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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狂気の左腕〜小笠原慎之介に眠る鬼

○5-2巨人(22回戦:東京ドーム)

 好投するたびに褒めるのも芸が無いが、それだけ小笠原慎之介の覚醒はドラゴンズファンにとってスペシャルな出来事なのだ。

 前回のヤクルト戦では8回途中まで投げて8安打1失点と、粘りの投球で7勝目をマーク。2年連続の規定投球回到達、そして自身初となる二桁勝利も視野に入ってきた。小笠原といえば以前からビジターでの強さが持ち味だったが、今季もホーム防御率3.68に対してビジター2.24と極端な差が表れている。

 この日は東京ドームの今季ラスト試合。小笠原にとってはプロ初完封を記録した思い出の地だが、今季は19登板目にして初お見えとなる。奇しくも相手先発は同じサウスポーで、チェンジアップを武器にするメルセデス。4回まで互いに譲らぬ投手戦となったが、今日に関してはまったく負ける気がしなかったほど、小笠原の調子のよさが際立っていた。

 出足に躓いたのはドラゴンズだった。初回、二塁打で出塁した岡林勇希が、大島洋平のバント空振りをファウルと誤認して飛び出し、好機をふいにしたのである。ミスと言えばミスだが、キャッチャーの捕り損ねを(本塁から二塁までの)38メートル先から正確に判断するのは困難だ。視力6.0といわれるマサイ族ならともかく、岡林の大きな瞳で捉えられなかったのだから割り切るしかない。

 ただ、戦況としては「無死二塁のチャンスを潰した」という客観的事実だけが残り、大いに沸くライトスタンドの盛り上がりを背に、小笠原はちょっとした逆境での立ち上がりを余儀なくされた。こんな時、並の投手なら場の空気に呑まれて簡単に先取点を許してしまうのだろう。以前の小笠原ならそうなっていたかも知れない。

 だが、ここにいるのはもうかつての小笠原ではないのだ。先頭の吉川尚輝をストレートのみで押し切ると、続くウォーカーには一転してチェンジアップを振らせて三振奪取。さらに丸佳浩はナックルカーブ、チェンジアップ、スライダーと3球種を使って追い込んだ後、締めは150キロのストレート。平凡なセカンドゴロに仕留め、難なく “流れ” を引き戻したのだった。

内在する鬼の表面化

 イニングが進むにつれ、その投球にはさらに磨きがかかる。多彩な球種を内外に投げ分ける投球術に巨人打線は的を絞りきれず、ようやく初安打が出たのが5回裏のこと。そのランナーも三振ゲッツーで殺すと、早くも “完封” の二文字が見えてきたように思えた。投げている球のえげつなさはもちろんだが、今日の小笠原はとにかく自信を持って投げているのが表情からも伝わってきたからだ。

 カウントが少々悪くなっても、動じる気配はない。6回裏、2死から吉川尚輝にスリーボールとするも、そこからは「打ってみろ」とばかりに同じコースを攻め続け、最後はストレートで空振り三振。うっすら笑みを浮かべながら、寸分狂いなくアウトコースを突く投球には、何か小笠原の奥深くに眠る狂気を見たような、ある種の恐怖を感じたほどだ。

 アラフォー向けの比喩にはなるが、今日の小笠原は「セル編」の悟飯。戦闘に快楽を見出したあの時の悟飯に近い狂気を感じずにはいられなかった。それで思い出すのが背番号11の大先輩・川上憲伸だ。

 昔、川上が投げていたある試合で、間一髪惜しくもゲッツーが成立しなかった場面があったのだが、そのとき川上は周囲の目も気にせず鬼の形相でグラブを叩きつけたのだ。点差には余裕があり、そのアウトひとつが特段大きな意味を持つという場面でも無かったのだが、自分の思い通りにならなかったことがよほど癪に触ったのだろう。

 マウンドに向かった落合監督に宥められて冷静さを取り戻したが、あの時の川上には間違いなく鬼が憑依していた。いや、内在する鬼が表面化したと言うべきか。

 同じように今日の小笠原もまた、内なる鬼が何かの拍子で表に出てきてしまったのだろうか。いつものにこやかな笑顔とは違う、冷徹で挑戦的な笑み……。怖いけど頼りになるぞ、スーパー慎之介。

木俣はようやっとる (@kimata23) / Twitter