ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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クリーンヒット〜柳裕也を変えた痛恨の一撃

○4-1阪神(23回戦:バンテリンドーム)

 いつもより丁寧に靴紐を結び、まっさらなマウンドに上がる。その表情は、心なしか緊張しているようにも見えた。2週間ぶりの登板となった背番号17、柳裕也である。一球一球、確かめるように投げるその姿は、まるでプロ初登板のルーキーのようでもあった。

 奇しくも阪神先発は文字通りプロ初登板のルーキー・森木大智。しかし150キロ超のスピードボールをテンポ良く投じる森木に対して、むしろ柳の方が慎重になり過ぎていた感さえあった。

 6回5失点と試合を壊し、2年ぶりのファーム調整を命じられたのが8月16日のこと。前年の投手二冠がこの時期に、怪我でもないのにファーム落ちするというのは異例だ。結局ファームでの登板こそ無かったが、前回と同じように炎上すれば今度こそ本当の意味での “降格” が待っていてもおかしくはない。そんなわけでこの日の登板は、タイトルホルダーの柳とて平常心ではいられなかったに違いない。

 そんな柳の状況を知ってか知らずか、目を見張るような快投を見せたのが森木だった。怖いものなしの19歳。ガン表示以上の速さを感じさせるストレートと、鋭く曲がるスライダーとの緩急に手も足も出ず、ドラゴンズ打線は凡打の山を築いていく。

 近年の球界は山本由伸、佐々木朗希を筆頭に異次元級の投手が次々と現れる “新時代” を迎えているが、森木もまたその一角を成す大エースへと成長するのだろう。手強いライバルの登場に戦慄せずにはいられなかった。

打球直撃で目が覚めた?

 一方の柳はお世辞にも調子がいいとは言えず、2回表は満塁のピンチをなんとか抑えるアップアップの投球。中盤を迎えてもやはり立ち直る気配はなく、4回表は無死から先頭にヒットを許すと、さらに大山悠輔のピッチャー返しが右膝付近に直撃。泣きっ面に蜂というか、治療でベンチ裏に下がったときには負傷降板も覚悟したほどの “クリーンヒット” だった。

 ところが約5分間のインターバルを置き、柳がマウンドに帰ってきた。無事でよかった……ワケはなく、無理を押して出てきたのは明らかだ。調子のよかった投手がこうしたアクシデントの直後に打ち込まれるケースはこれまで何度も見てきたし、ただでさえこの日の柳は不安定なのだ。もし後続に打たれれば柳だけではなく、待ったをかけなかった首脳陣にも批判の矛先は向いていただろう。

 無死一、二塁。再びマウンドに上がった柳に対してスタンドからは温かい拍手が送られたが、数秒後には失望のため息に変わってもおかしくはない。打席には打ち気満々のロハス・ジュニア。さて、勝負の行く末はどうだったか。知っての通り、見事に3者連続三振で凌いだわけである。

 人間とは、勝負とは実に不思議なものだ。まさか痛恨の打球直撃が潮目を変えるきっかけになろうとは、数百万とも数千万人ともいわれる全国の中日ファンのうちどれだけの人が予期することできただろうか? 仮に大山の打球が素直にセンター前に転がっていたなら、その後の展開はどうなっていたのか……。

 ヒーローインタビューでは冗談めかして話していたが、あのインターバルから柳が別人のように生まれ変わったのは紛れもない事実だ。監督の一喝が契機になることはあっても、軸足への打球直撃で目が覚めるというのは聞いたことがない。

 もちろん柳は相当痛かっただろうし、最後まで痛みに耐えて投げたに違いない。ただ試合展開としては当てた阪神の方が痛かったという、なんだかお後がよろしい一戦であった。

木俣はようやっとる (@kimata23) / Twitter