ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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高橋宏斗、令和の衝撃〜怖さを知り、楽しむ余裕が出てきた

△0-0DeNA(10回戦:横浜スタジアム)

 それは初回、2番大田泰示への5球目。この日高橋宏斗が投じた12球目の事だった。糸を引くように真ん中低めにコントロールされたストレートが、木下拓哉のミットを心地よく響かせる。次の瞬間、横浜スタジアムの電光掲示板に球速が表示されると、スタンドからはどよめきが漏れた。

「158キロ」ーードラゴンズの歴史上、日本人投手の持つ最高球速は1990年に与田剛が打ち立てた157キロが長らくトップであり続けた。後に浅尾拓哉、福谷浩司が並ぶことはあっても、超えることは30年以上無かったのだ。その歴史があっさりと塗り替えられた。それも新記録を樹立したのは、まだ20歳にも満たない高卒2年目の若者である。

 今夜の高橋はとにかく神がかっていた。初回に投げた10球のストレートは全て150キロ超え。スプリットを中心とした変化球も思い通りに操れており、制球に苦しんで球数がかさむという課題も今夜に関しては心配いらずだった。そして2回以降、その投球には更に磨きがかかり、強力DeNA打線から面白いように三振を奪っていく事になる。

 圧巻だったのは4回表の投球だ。1死から大田に安打を許すも、佐野恵太、牧秀悟という怖い打者に対して臆することなく立ち向かい、佐野には膝下へのストレート、牧には鋭く沈むスプリットでそれぞれ三振を奪ったのである。ストレート一辺倒ではなく、料理するにもパターンを幾つも持つ “引き出しの多さ” こそが高橋宏斗の最大の強みだ。

 この日奪った9三振を見てもフィニッシュに使った球種はスプリット6,ストレート3と状況に応じて使い分けており、そこに至るまでの過程でナックルカーブ、カットボールを満遍なく散らばせているのも、打者に球種を絞らせないという点で効果的に作用している。今日の登板がプロ入り後10試合目とは思えないほど、既に打者との勝負を楽しむレベルに達しているのだから驚くほかない。

「怖いもの知らず」という言葉があるが、むしろ今の高橋はプロの怖さを一通り味わったあと、ようやく楽しむ余裕が出てきた風にさえ見える。本人は間違っても口に出さないだろうが、おそらく今日は、目の前の強打者相手に怯むどころか「どうやって料理するか」を心底楽しみながら投げていたのではないだろうか。普通は逆で、怖さを知った途端に臆病さが顔を出すものだが、高橋のポテンシャルはそもそも “普通” とは思わない方がいいのかもしれない。

 近年、球界では怪物と呼ぶにふさわしいスーパーエースが続々と出現している。山本由伸しかり、佐々木朗希しかり。高橋も1年目の昨季こそ二軍で炎上を繰り返すなど不安定な投球が続いたが、今では彼らと比肩しても恥ずかしくないところまで来たと思う。まさしく「強靭!無敵!最強!」。となると、次はチームのエースとして活躍する段階だ。

この類まれなる逸材がドラゴンズに居る間に何としても優勝しなければならない

 ところが、である。どれだけナイスピッチングをしようとも「勝ち投手」という分かりやすい結果が付いてこないのだ。最後に白星がついたのは2ヶ月以上前の4月20日のこと。その後、今日を含めてQSは4度達成しているが、未だに2勝目から先を挙げられずにいる。

 原因は言うまでもなくチームの貧打にある。はっきり言って、今日の投球で白星が付かないのは12球団見渡してもドラゴンズだけであろう。もしヤクルトなら……今ごろ高橋は最多勝を争いをしていてもおかしくはない、というのはさすがに言い過ぎだろうか。

 私はこれまで今中慎二、山本昌、川上憲伸、野口茂樹、吉見一起、チェン・ウェイン、そして大野雄大といったエース級投手をリアルタイムで見てきたが、高橋宏斗が背負っているエンジンの質、そして先発投手としての総合力は間違いなくナンバーワンだ。とんでもない投手が入ってきたものである。

 だからこそ、この類まれなる逸材がドラゴンズに居る間に何としても優勝しなければならないし、受験失敗の間隙を縫う形で一本釣りに成功したドラゴンズには、その義務がある。

 メジャーFA権取得まであと9年。ポスティング利用ならもっと早く去ってしまうこともあるだろう。この素晴らしき怪物と永遠に一緒に居たいのは山々だが、残された時間はそう長くはないのだ。

木俣はようやっとる (@kimata23) / Twitter