ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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誰が “捨て試合” なんて言った?~シン・スズキの逆襲

〇4-1オリックス (2回戦:京セラドーム大阪)

 山本由伸vs.鈴木博志。今や日本が誇るスーパーエースに対し、ドラゴンズの先発は通算103試合目にして初先発の鈴木博志。いわば天下無双の横綱に鳴かず飛ばずの十両が勝負を挑むようなもので、予告先発が発表された時点で結果は見えたようなものだった。

 ただ、プロ野球は大相撲に比べて番狂わせが起こりやすいコンテンツでもある。どんなに弱い球団でも年間3割は勝てるのだ。相手が山本であることを考慮しても、2割くらいはこちらにも勝つチャンスはあるのではないか。まあ、熱狂的ファンでさえ “2割” でポジったつもりになれる程度には厳しいマッチアップではあるのだが。

 それでは奇跡の “2割” を起こすにはどうすればいいのか? 考え得るシミュレーションはただ一つ。鈴木が山本以上の投球をみせ、絶対に先制点を与えないこと。この唯一の勝ち筋を託されてマウンドに上がったキンブレル鈴木……いや、それはもう過去の話だ。

 もはや本来の姿が何のかさえ分からないほど試行錯誤を繰り返した5年間。紆余曲折を経て一軍マウンドに帰って来た鈴木は、まったくの別人になっていた。

あの日、鈴木博志を鈴木たらしめていた要素は、キレイさっぱり消え去っていた

 かつての鈴木といえば、球速の割に打たれるストレート、高めに浮くのがデフォの制球力、四球で自滅するメンタルの弱さといったネガティブなイメージがどうしても付きまとう。ルーキーイヤーにはクローザーに抜擢されたものの、4シーズンを経てここまで立場が苦しくなっているのは、こうしたイメージが払拭できなかったからだ。

 華のドラフト1位の重圧に押し潰されそうになった夜は、一度や二度ではないはずだ。柳裕也と根尾昂に挟まれたドライチじゃ、そりゃキツイ。こういうのは周りが言わなくたって、どうしても本人が意識してしまうものだ。それに加えて、高卒社会人とはいえ5年目ともなればそろそろ首筋が寒くなる頃合いでもある。そのタイミングでの「スリークォーター回帰」、そして「先発挑戦」は、相当な勇気が要ったことだろう。

 ファームでは春先に2試合続けて好投をみせたものの、この時は昇格とはならなかった。落合コーチなりの考えがあったようだが、本人としては悔しい思いもあったはずだ。

 しかし運命とは不思議なものだ。直近で投げた5月17日の阪神戦では7回13安打5失点と滅多打ちを食らったものの、ここで昇格の声がかかったのである。色々な兼ね合いでたまたま巡って来たような機会だが、だからこそ山本由伸に投げ勝てば、相当なインパクトを残すことができる。

 まさしく鈴木にとっては人生を懸けた大舞台。そして、この苦労人はみごとに大仕事をやってのけた。代名詞だったストレートをほぼ投げず、ツーシームやカットボールでタイミングを外す投球術。ランナーを背負っても動じず、丁寧に打たせて取る冷静さ。あの日、鈴木を鈴木たらしめていた要素は、キレイさっぱり消え去っていた。いわばシン・スズキである。

 5回無失点。不可能と思われたミッションを完遂した鈴木は、「野手の方が先に点を取ってくれたので、その1点を守ろうと投げていました」と謙虚なコメントを残した。だが、敗色濃厚という下馬評に対し、それを覆す好投をみせたのだ。しかもこの日のテレビ中継はNHK総合での全国放送ときた。日本晴れの土曜の昼間。できればドスを効かせながら、こう言って欲しかった。「おい、誰が “捨て試合” なんて言った?」と。

 惜しくも勝ち投手にはなれなかったが、それに等しい価値のある投球だったのは間違いない。土俵際からの上手投げ。みごとな大金星だった。

木俣はようやっとる (@kimata23) | Twitter