ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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佐藤優、炎上……重すぎたビッグイニング

●5-11広島(9回戦:Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)

 “敗戦処理” ほどシビアな言葉はない。どんな職業でもそれに類する役割はあるが、こんなにも身も蓋もない表現をするのはおそらくプロ野球だけであろう。リリーフ・ヒエラルキーの頂点がクローザーなら、敗戦処理は最下層。それでも結果を残すことで序列を駆け上がることができるのが、実力社会の醍醐味である。

 今夜、負け試合の後始末を任されたのは背番号25、佐藤優だった。東北福祉大からドラフト2位で指名された右腕も早7年目。潜在能力の高さはチーム随一と言われ、ファームではまずまずの成績を収めるが、一軍に来ると本来の実力が発揮できない。典型的な “一軍半” と呼ばれる投手だ。

 今季は5月12日に初登板すると、そこから3試合連続で無失点の好リリーフ。大卒7年目とはいえまだ28歳。もうひと花ふた花咲かせるには決して遅くはない。久しぶりに一軍で投げる佐藤の姿を見ていると、かつて佐藤が暗黒時代の数少ない “希望” だったのを思い出す。

 短期間ながらクローザーを務めた時期もあったが、ブレーク間近といった好成績を残した2018年。このシーズンの本拠地最終戦で悲劇は起こった。岩瀬仁紀の引退試合、と言えば多くのファンが「あぁ……」と苦笑いを浮かべることだろう。1点リードの9回表のマウンドに立った佐藤の任務は2アウトを取ること。そして最後の1アウトを岩瀬に託し、感動のフィナーレを迎えるという算段だった。

 ところが思惑は外れた。1死から四球とヒットで一、三塁とすると、ダブルスチール阻止のピッチャーカットのサインが出ていたにもかかわらず、捕手の送球に対して「いつものクセ」で咄嗟にしゃがんでしまい、ボールが転々とする間に三塁ランナーが生還。なんともいえない重苦しい空気の中で岩瀬にマウンドを譲り、佐藤は呆然自失としながら試合を眺めることしかできなかった。

 G.G.佐藤のあの落球、吉村禎章のあの衝突事故……といったように、野球選手にはしばしば文字通り人生を変えてしまう不幸な “あの瞬間” が訪れることがあるが、佐藤にとってはあの引退試合こそが躓きの始まりであり、未だにトラウマに苦しんでいるように思えてならない。

 その後、佐藤は浮上のきっかけすら掴めぬまま3シーズンを過ごし、その間チームは急速に若返りが進んだ。今や中堅・ベテランの域に差し掛かろうとしている佐藤にとって、今季は背水の陣といえるシーズンである。だからこそ、今夜の投球は見ていてツライものがあった。西川龍馬に最初のタイムリーを打たれたあたりからは、もはや完全に “氣” が抜けているようにさえ感じた。

 ただボールを投げているだけ。そんな状態の投手に対して、プロは容赦なく襲い掛かる。小園海斗に3ランを浴びて5失点。その後も二、三塁のピンチを作るなど終始精彩を欠いた投球は、立浪監督の目にどのように映っただろうか。

どんなにキツいシチュエーションでも、とりあえず抵抗し続けることが大事なのだ

 佐藤の炎上でビハインドは9点に広がり、もはや匙を投げても仕方のない展開となった。だからこそ6回表の怒涛の反撃には胸がすく想いがしたものだ。

 阿部寿樹が2回表の本塁打に続いて2点タイムリーを放てば、今日から復帰の木下拓哉にも2ランが飛び出し、たちまち差は5点に縮まった。たとえ試合が壊れてもファイティングポーズを取り続けている限り、チームは死なないものだ。

 エースが派手に打ち込まれ、早い段階で大量点差のついた典型的な負けゲームではあったが、たとえ一瞬でも相手をヒヤリとさせたのであれば、「せめてもの抵抗はできた」と。ほんの少し胸を張ることだってできる。

 そうなると悔しいのは5回裏のビッグイニング。佐藤の中では1点取られた時点で「終わった」と思ったのかもしれないが、敗戦処理が投げたからといって必ず負けるとは限らない。踏ん張り次第で、もしかしたら奇跡を呼ぶことだって出来るかもしれない。だからどんなにキツいシチュエーションでも、とりあえず抵抗し続けることが大事なのだ。そう、阿部や木下みたいに。

 つくづく重すぎる5失点だった。

木俣はようやっとる (@kimata23) | Twitter

【参考資料】

中日・岩瀬が「謝っても俺は許さない」と口にしたロッカールーム。佐藤優が誓った2019年の飛躍 | ドラの巻【昇竜復活へ!CBC中日ドラゴンズ情報】