ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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酷使?柳裕也131球熱投と、「終わった」と青ざめた瞬間

○4-0広島(8回戦:バンテリンドーム)

 マウンド上の柳裕也はいつになく苦労していた。巨人にノックアウトを食らった前回登板から中8日。再び日曜日に戻ってきた柳だが、鮮やかな「サンデー柳」の姿はそこにはなかった。毎回ランナーを許す苦しい展開に加え、簡単には倒れない広島打線の粘りにも窮しながら、5回を投げ切った時点で球数は既に108球を数えていた。

 いくら休養十分とはいえ4登板連続で100球以上を投げており、2点リードという状況を考慮しても誰もがこの回でお役御免だと考えていた。ところが6回のマウンドに向かったのは、まさかの背番号17。目を疑った。投手は球数ではなくピンチの回数で疲労が溜まると聞いたことがあるが、その点でいっても今日の柳はボロボロのはずだ。

 しかし柳のボールはボロボロどころか、むしろ勢いが増しているようにも感じた。田中広輔、小園海斗から連続三振を奪うなど、この試合はじめて三者凡退で切り抜けたのだ。まさに最後の力を振り絞ったような力投にはエースの意地を感じたが、一方で柳は何があっても故障したら困る存在でもある。いわんや酷使が祟って……なんてことになれば、たちまち立浪監督の運用に批判の矛先が向かうのは明らかだ。

 100球を超えながら6回のマウンドに行かせたことが既に「無茶」という見方が強い中で、さらに度肝を抜いたのは6回裏。1死二、三塁とチャンスを作ったドラゴンズ。その打席には、なんとバットを持った柳が打つ気満々で向かったのである。柳はバッティングが好きだからとか、そういう問題ではない。

 この時点で119球は、どう考えても先発投手の限界値を迎えている。「先発は7回は投げて欲しい」という立浪監督の方針は理解しているつもりだが、今日に関しては無理に行かせる必要はなかったのではと、どうしても思ってしまう。

 優勝争いの時期でもなく、タイトル争いが絡んでいるわけでもない。また追加点を取るなら代打を送るのがセオリーという状況だ。セオリーに反してまで柳の肩を酷使する合理的な理由は見つからないし、時代錯誤と言わざるを得ない。

 試合後の立浪監督のコメントにもあった「我々の時代のような投手」という言葉が示唆するように、この続投は柳自身が志願してのものだったようだ。これまでも降板を暗に拒むような姿勢をみせるなど、柳の「投げたがり」は言動の随所にあらわれていた。

 確かに昔の投手はよく投げた。なにも遠い昭和時代にまで遡らなくても、川上憲伸や野口茂樹が投げていた頃までは130球、140球という球数は当たり前に目にしていたものだ。150キロを常時超えるようなスピードボールの使い手ではない柳は、投球で生じる肩への負担も少ないのかもしれないが、それでも肩が消耗品という厳然たる事実は変わらないわけで。

 本人が行く気満々であっても、それを止めるのも首脳陣の仕事ではないだろうか。7回無失点、打っては貴重な犠飛という結果は手放しでの称賛に値するものの、故障してしまっては元も子もない。できれば次回からは「無茶をさせない運用」を見せて欲しいものだ。

「終わった」と青ざめた瞬間

 131球を投げ切った柳に勝ちが付き、再び貯金生活に突入。結果的にはすべてがうまく運んだ今日のドラゴンズだが、ひとつ間違えればとてつもなくブルーな気分でこの夜を過ごしていた可能性もあったのだ。

 6回裏、柳が打席に入り、客席からどよめきが広がる直前のできごとだった。無死一塁という場面で、木下拓哉の右手甲に投球が直撃。悶絶し、ベンチ裏に下がった瞬間、「終わった」と全中日ファンが青ざめたのだった。

 当たり方、痛がり方からして骨折しているかに思われたが、わずか5分足らずで再登場。その後もダメ押しの犠飛を放つなどフル出場を果たしたところを見れば、おそらく打撲程度で済んだのだろう。

 ただ今回の件で、つくづく木下拓哉という選手のありがたみを思い知った。今のドラゴンズで抜けたら一番ヤバいのは、ダントツで木下だろう。不動の正捕手にしてチームトップクラスの打棒の持ち主。木下の離脱は冗談抜きでチームの浮沈に直結するだけに、こちらもやはり故障にだけは細心の注意を払った運用を求めたい。

 今日の死球も、たとえ打撲であっても念のため交代という選択もできたはずだ。みんながみんな、怪我を隠し通して出場し続けた「立浪和義」のような鉄人じゃないのだから。

木俣はようやっとる (@kimata23) | Twitter