●1-4オリックス(オープン戦:刈谷球場)
“ドラフト1位” の賞味期限はいつまで何だろう。たまにこんな残酷なことを考えたりする。同期の中でもぶっちぎりの注目と期待を受けて入団し、1年目のキャンプでは一挙手一投足が詳細に報じられる。一軍初出場の暁には万雷の拍手で迎えられ、その結果にファンは明るい未来を夢想するのである。
同じルーキーでも、ドラフト1位とそれ以外の扱いは雲泥の差。ドラフト5位入団の井端弘和氏は、「ドラフト1位は10回失敗してもおそらく11回目のチャンスがもらえる。でもドラフト5位のオレは1回失敗したら次のチャンスはないと思っていた」と、待遇の差を生々しく語る。実力主義、横一線などという建前では割り切れない現実が確かに存在するということだ。
華やかなスポットライトを浴びながらプロの門を叩く “ドライチ” だが、いつまでも特別な日々が続くわけではない。期待どおり活躍できればスター街道を歩める一方で、評価とは裏腹に不甲斐ないシーズンが何年も続けば、その存在感はだんだんと薄れていくことになる。ファンやメディアとは勝手なもので、当初の期待値が大きい分、ダメだった時の落胆もドライチはより一層大きくなるものだ。
ある種の重荷のようにのしかかる “ドライチ” の称号。もしかしたらこの選手も、そんな重荷に苦しんでいる一人かもしれない。背番号46、鈴木博志である。
鈴木が先発に挑戦するかもしれないと聞いた時は、何かの冗談だと思った
6年ぶりのプロ野球開催となる刈谷球場。その真っさらなマウンドに立った鈴木の姿は、あきらかに違和感があった。無理もない、昨年まで通算102登板はすべてリリーフで記録したもの。2軍戦を含めても、鈴木が先発登板するのは今日が初めてのことだ。
リリーバーとして、あるいはクローザーとしての素質を買われてドライチの指名を受けた鈴木だったが、その道のりは決して平坦ではなかった。150キロを超える直球もプロ相手には精彩を欠き、昨年は心機一転サイドハンドに転向。短所の荒れ球は一時的に改善されたものの、長続きはしなかった。
その間、球団は根尾昂、石川昂弥、高橋宏斗という地元の期待株を次々にドライチで指名し、ファンの熱視線は年を追うごとに鈴木から離れていった。昨季もリーグ最強と謳われるブルペン陣に加わることは叶わず、夏場以降は二軍暮らしが続いた。たとえ好投しても新聞での扱いは小さく、根尾や石川のちょっとした話題の陰に隠れることも少なくない。
トレードマークだったキンブレルポーズも今は昔。ドライチのメッキは、ナゴヤ球場の炎天下に汗と共に剥がれ落ちてしまったのか? その鈴木が先発に挑戦するかもしれないと聞いた時は、何かの冗談かと思った。ストライクを取るのにも窮する投手が、最低5イニングがノルマの先発などできるはずがなかろうと。あったとしても、万が一のために先発の可能性も頭に入れておけよ、程度の立浪監督の発言を記者が膨らませたのだろうと。
だが、2月27日の楽天戦でその考えは一変した。この試合、3回からマウンドを引き継いだ2番手の鈴木は4失点を喫しながらも3イニングを投げ切ったのだ。この起用を見て、先発転向が本気であることを悟った。
立浪監督は中途半端な采配はやらない。主砲に育てたい鵜飼航丞は4番で使い、石川昂弥には三塁の座を与えるという風に、掲げたビジョンに沿った積極起用がキャンプ、オープン戦を通して目立っている。鈴木にしてもそうだ。単なる調整ならば1イニングで足りるところを3イニング跨がせたのには、何か理由があるに違いない。その流れでの今日の先発である。
5回無失点という結果もさることながら、1イニング抑えるのにあれだけ制球に苦しんでいた投手が長いイニングを無四球で凌いだのは素直に驚かされた。またラストイニングは無死二塁のピンチを3者連続三振で切り抜け、お役御免。スタミナも申し分ないことを印象づけた。
ドライチの栄光から4年が経ち、当初描いていた青写真とはずいぶん異なる現在地にいるのは確かだ。もう “ドライチの鈴木” という風に見ているファンも少数だろう。だが、保存期間の長さに応じて味わいが増す発酵チーズのように、鈴木もまたドライチの賞味期限が切れてから旨みが出るタイプなのかもしれない。
5年モノの熟成っぷりが俄然楽しみになってきた。
木俣はようやっとる (@kimata23) | Twitter
【参考資料】