ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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「困った時の又吉」からの卒業

  “使い勝手のいい存在” ほど、使う側から見てありがたいモノはないと思うのだ。料理でいえば玉葱とじゃがいも。何に使うのか決まっていなくても、とりあえず常備していないと落ち着かない存在だ。スーパーに行ったらまずカゴに放り込むツートップ。冷蔵の必要がないのもポイントが高い。

 芸人でいえばバイきんぐ・小峠英二もこの枠に入るだろう。ひな壇での賑やかしは言わずもがな、MCも卒なくこなせるし、ドッキリのようなリアクション芸をやらせても確実に笑いを生むことができる。

 既にブレイクしてから相当な時間が経ったが、いい意味で威圧感がなく、馴染みやすいキャラだから子供達からの人気も高いと聞く。世代を問わず愛されるルックスとキャラクターはさながら「小峠が出ていれば間違いない」と言ったところか。見ない日がないほどテレビに出まくっているのも納得のザ・便利屋である。

 野球チームにおいても、こうした存在は不可欠だ。野手なら途中出場でもキラリと光る活躍をみせてくれるスーパーサブは、いつの時代も重宝される。スーパーサブと聞いて、落合政権の初期に活躍した渡辺博幸の名前を真っ先に思い浮かべるという人も少なくないだろう。記録には残りにくいポジションながら、 “いないと困る選手” の筆頭格だった。

 では投手なら誰が該当するだろうか。これはもう考える余地もない。リード、ビハインド、ワンポイントなど場面を問わず投入し、常に一定以上のパフォーマンスを発揮できて、なんなら先発で結果を残した年もあった。ドラゴンズの歴史上でも、ここまで “便利屋” を極めた投手も見当たらないのではないだろうか。

 在籍8年。あらゆる状況で投げまくった又吉克樹が今日、ソフトバンクホークスへのFA移籍を決断した。

モヤモヤ感はなく、さっぱりと受け入れることができた

「山ごもりで熟考」

 今朝の中日スポーツによれば又吉は今日から1泊2日の山ごもりに入り、そこで残留か移籍かを最終判断するものと報じられていたのだが、蓋を開けてみれば山ごもりは熟考のためではなく単なる自主トレ目的だった可能性が高い。そりゃそうだ。今どき修験道でもあるまいし山で悟りを開くなんて事もなかろう(B面ネタ収集をライフワークとする私的には、こういう仰々しい記事は大好物ではあるが)。

 報道によるとソフトバンクの提示は4年6億円程度だとか。予想通り中日を上回る好条件だが、これだけの大型契約を提示すれば又吉が傾くのは無理もない。今回のFAに関しては中日は年数、金額ともに「これでダメなら仕方ない」という最大級の誠意を提示していたため、中田賢一や高橋聡文のときのようなモヤモヤ感もなく、割とさっぱりと受け入れることができた。同一リーグへの移籍ならまた違う感想になったかも知れないが、今は又吉の挑戦を応援したい気持ちでいっぱいだ。

 一連のムーブで引っかかったのはオフの風物詩となりつつある加藤球団代表の余計な一言「彼はマネーゲームはやらないと思う」)だが、これはもうメディア側も放言癖を分かった上で取材しているきらいがあるので、ハリさんよろしく炎上芸として生温く見守るのが正しいような気がする。それでいいのか? いやいかんだろとは思うものの、エンタメの一環と割り切って楽しんだ方がトクなのである、こんなものは。

「困った時の又吉」からの脱却

 条件に大差が無いながらソフトバンクを選んだ決め手は何だったのだろうか。もちろん本心は又吉自身の胸の内にあるとして、推察できるのは与えられる役割の差だ。ソフトバンクは又吉を獲得できた場合、モイネロを含めた勝利の方程式の一角に組み込むことを示唆している。おそらく交渉のテーブルでは更に踏み込んだ起用方針が語られたことだろう。

 一方で中日にいる限り、どれだけ年俸が上がったところで又吉=便利屋というイメージに拭いきれないものがあるのも事実だ。今季の又吉はライデルに繋ぐリリーフエースを担ったが、これもシーズン序盤の祖父江大輔の不調により “役が回ってきた” という位置付けであり、必ずしも開幕前からこれだけの活躍が期待されていたとは言い難い。ぱったりと見かけなくなったが、あくまで開幕時点のリリーフの看板は「大福丸」だったのだから。

 もし残留していれば立浪監督は開幕から又吉に8回を任せていたとは思うが、少しでも打ち込まれる日が続いたり、あるいはチーム状況によって、敗戦処理にでもクローザーにでも配置転換できてしまうのが又吉の便利さであり、危うさでもあった。その使い勝手のよさを知ってしまっているがために、つい甘えてしまう中日のベンチワークが向上心の強い又吉には物足りなく感じていたとすれば、確固たる重責を用意したソフトバンクに気持ちが靡(なび)くのは致し方ない事だといえよう。

 名古屋で便利屋として安住することだって出来たにもかかわらず、常勝軍団のリリーフエースとしてテラス付きの福岡に旅立つ今回の移籍。31歳で敢えて厳しい新天地に飛び込む覚悟と勇気を “挑戦” と呼ばずに何と呼ぶというのか。

 又吉がドラゴンズを卒業するように、ドラゴンズもまた「困った時の又吉」から脱却する時を迎えたのかもしれない。

(木俣はようやっとる)