ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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君は立浪和義を知っているか⑩ 立浪を特別と感じた日

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 老若男女、全世代に愛される稀代のスーパースター・立浪和義。では、いったい立浪の何に我々はこんなにも魅力されるのか。いったいなぜ10年以上も監督就任を待ち続けることができたのか。

 その軌跡を、あらためて紐解いてみたいと思う。

 番外編第4段となる今回は、“マイナー記録探偵” ことyuya氏がイギリス留学した際の思い出について綴ってくれた。

第10回「人生で最も叫んだホームラン」

グラウンドにいるのは当たり前だった

 38試合で打率.232、1本塁打、9打点ーーー 私が現地観戦したときの、立浪和義の通算成績である。
 通算打率の.285、171本塁打、1037打点に比べるといささか低い数字だ。
 私にとって立浪が特別な存在になったのはいつからなのかを今日は振り返ってみようと思う。

 1995年に初めて観戦して以来、球場のスコアボードに「立浪」の文字を見ない日はなかった。
 上記の成績ゆえにお立ち台でその声を聞いたこともなければ、印象的な活躍をした記憶もなかったが、その存在は和定食を頼んだときについてくる味噌汁のように、チームを引っ張るリーダーとして君臨する背番号3がグラウンドにいるのは、ごくごく当たり前のことだった。

 現地観戦で初めて立浪を見なかったのは2005年10月、阪神のリーグ優勝が決まったあとの消化試合だった。立浪は数試合前からスタメンを外れており、翌年になれば「当たり前の日々」は訪れるものだと思っていた。

立浪を特別と感じた日

 翌2006年の初観戦は4月27日のヤクルト戦。しかしこの日もスタメンに立浪の文字はなかった。前カードを終えた時点で打率.218と状態が上がらず、このカードからサードは渡邉博幸が守っていた。
 3戦連続のスタメン落ちとなったこの日の試合は初回から先発の石井裕也が乱調、打線もガトームソンを打ち崩せず、大量点差で負けていた。
 平日のナゴヤドーム、イニングを追うごとにスタンドに空席が増えていった。1-8と敗色濃厚の展開で迎えた最終回、得点のチャンスがやってきたところで「バッター・立浪」のコールが球場を包んだ。
 ベンチから出てきた背番号3に湧き上がるライトスタンドの中にいた私は、まるで満員のスタンドにいるような錯覚に陥った。

たーつなみ!たーつなみ!……
 応援団に合わせ、そこにいる誰もができる限りの声でコールを送っていた。
 グダグダの展開にすっかりその気を失くしそっぽを向いていた友人も、もちろん私も例外ではなかった。
 大声で応援歌を叫びながら見守った打席、木田優夫から放った打球はヒットとなり中日は1点を返した。
 どんな打球だったか、どこに飛んだかなどは全く覚えていない。唯一覚えているのは、7点差の最終回に生まれた、試合結果には何ともない1点に大騒ぎしたことだけだ。
 拳を突き上げて周りとハイタッチを交わし、トランペットに合わせて「燃えよドラゴンズ」を歌うライトスタンドはさながらサヨナラホームランが飛び出したかのような喜びようだった。そしてそれが得点に対しての喜びではなく、打撃不振に苦しむ立浪に向かってのものだと把握することには時間がかからなかった。

 暫くしてゲームセットが宣告されたが、試合結果を差し置いてスタンドでは立浪の登場を喜び、タイムリーヒットを喜んだ。
 その輪の中にいた私が、それまで現地では当たり前だった立浪という選手が特別な存在であることを認識した瞬間だった。

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 それから数ヶ月が経ち、私はイギリスでの留学生活を送っていた。
 10月のある朝、友人から荷物が届いた。封筒を開けるとそこには日本を離れてからの中日スポーツが数部入っていた。
 真っ先に目に入ってきたのは「立浪 涙」という見出しだった。今とは違い、限られたネット環境で、日本のニュースを知る機会も少なかった。
 ましてや野球の文化がないイギリスで遠い日本のプロ野球の情報を得ることは非常に困難な中、涙のお立ち台という出来事を初めて知った。

 私は立浪が一面の中日スポーツを、異国の部屋の壁に貼り付け、飾った。
 楽しいだけでなく苦しいことも経験した留学生活。壁にぶち当たったときは記事をじっくり読み返すこともあった。
 代打稼業に専念すると共にミスター・ドラゴンズと呼ばれるようになったその存在は、海を超えた私の留学生活の一部をも支えていた。

 あれから15年、監督として再び中日のユニフォーム姿を見られることを心から嬉しく思う。
 背番号73のレプリカユニフォームを着て野球場に足を運ぶ日を心待ちにしている。

(yuya)