ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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幕引き

●1-3ヤクルト(23回戦)

 立浪監督の就任報道から一夜が明けた。中日スポーツのみならず一般紙である中日新聞までもが一面を大々的に使って報じているところを見ると、それだけ待ち望んでいたファンが多かったのだという事を実感させられる。

 一部では早くも組閣人事に関する話題も出てきている。ファンの関心も、もっぱらシーズンの戦いよりもそちらにシフトしているようだ。さもありなん。「未来への希望を失うと、人生は退屈になってしまう」とはハリウッド黄金期を彩った女優、ベティ・デイヴィスの言葉である。

 優勝争いの真っ只中にいるヤクルトとは違い、ひと足もふた足も早く消化試合に突入しているドラゴンズ。ドラフト会議にしろ新監督就任にしろ、未来への希望を思案し、語っている方が楽しいのは致し方なしか。

 どうしても視点は未来に向きがちだが、本日だけは投打の功労者の雄姿を目に焼き付けつつ、過去の思い出に浸りたいと思う。

 山井大介と藤井淳志、今シーズンをもって現役生活に別れを告げる二人の引退試合がおこなわれた。

最後は代名詞のスライダー

 前売り券は全席完売。入場制限中ではあるものの、普段よりたくさんの観客が詰めかけたバンテリンドームで、満場の拍手に迎えられながら背番号29が最後のマウンドに向かった。

 初球、ど真ん中のストレートが木下拓哉のミットに収まりストライク。表情は変わらず、トレードマークであるゴーグルから鋭い眼光でサインを覗き込むと、テンポよく2球目を投じた。外角に逃げるスライダーだ。塩見泰隆の引っかけた打球は三塁線に切れてファウルになった。忖度のない、紛うことなき真剣勝負だ。

 3,4球目はいずれも低めに大きく外れるボール球が続いた。山井らしからぬ抑制の効かない投球は、まるで “最後の一球” を投げる事を本能的に拒否しているかのようにも見えた。しかし、勝負は待ってくれない。刻一刻と迫る終わりの時。バッテリーがラストボールに選んだのは、スライダーだった。ぐにゃりと大きく外に曲がる、山井の代名詞ともいえる変化球だ。急激に視界から消える魔球に塩見のバットが空を斬った。

 その瞬間、山井の瞳からこらえていたものが溢れ出した。帽子を脱ぎ、スタンドに向かって深々と頭を下げると、その髪には白いものがかなり混じっていた。20年という月日を感じさせる姿を目にして、これまでの様々なシーンが脳裏を駆け巡った。

 投げてみなければ分からない。そんなクジ引きのような投球とも今日でお別れだ。

「わお」

 1番ライト。先頭打者でバッターボックスに立った藤井は、打つ気満々だった。初球、高めのストレートを思いっきり振ってファウルにすると、2球目もやはり満振りでファウル。

 あくまで真剣勝負とはいえ、ここで変化球を投じるほどヤクルトバッテリーも鬼ではないだろう。プロ野球選手はあらかじめ球種が分かっていれば8割はヒットにできると聞いたことがある。考えなくたって分かる、次の球はストレートだ。

 サイスニードがゆったりとしたフォームから、打ってくれとばかりに投じたのはやはりストレートだった。これを藤井が......見送った。なぜだ、なぜ振らないんだ。いくら引退試合とはいえ、球審もわざとボール判定するわけにはいかない。苦笑いを浮かべる藤井の口が思わず動いた。「わお」。

 試合後のセレモニーで、自身のプロ人生を藤井はこう総括した。

「デッドボールに始まり見逃し三振に終わった16年間でしたが、中身は濃かったと思います」

 2006年の開幕戦、2番でスタメン出場した藤井は、初打席でいきなりバントを試みることになる。広島・黒田博樹の球威に押し負けて2球続けて失敗するも、3球目が左太ももをかすめるデッドボールとなり、初打席初出塁を記録したのがプロのスタートだった。

 トリックスターの名にふさわしいプレースタイルはミスも多かったが、その分記憶に残る一打もたくさん打った。地元豊橋での凱旋サヨナラホームランや、おととし交流戦での昇格即ホームランは記憶に新しいところだ。通算安打は634本と決して多くはないが、打点は安打数の約4割にあたる273と勝負強い打者でもあった。

 ラジオを聴いていると、引退打席を終えてのコメントがベンチリポーターから入ってきた。ただ一言、「わお」だけとの事だった。最後までハチャメチャな、藤井らしい終わり方だった。

 

 この二人の引退をもって、中日が一番強かった2006年の優勝を知る現役選手は、チーム内で平田良介と福留孝介の二人だけとなる。遠い日の思い出となりつつある黄金時代。しかし一方で、次代の芽も着実に育っている。8回裏、石垣雅海の放った大飛球は来季への希望そのものだ。

 ひとつの時代の幕引きと、新たな時代の幕開け。ドラゴンズの戦いはこれからも続いていく。

(木俣はようやっとる)