ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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ひとりでできるもん!

○3-0広島(16回戦)

 「おかあさんといっしょ」に「天才テレビくん」、「つくってあそぼ」。幼少期にNHKの教育番組の視聴者だった方は多い。親世代となり、お子さんたちとEテレを楽しみにしている方もいることだろう。数々の子供向け番組の中で異彩を放っていたのが、料理番組の「ひとりでできるもん!」だ。放送時は台所仕事で避けて通れない火や刃物を取り扱うこと自体が珍しかった。とはいえ、料理は将来自立して生きていく上では必要なスキル。年齢性別問わず身に着けているに越したことはないが、当時はさぞかし新鮮に映ったのだろう。

今季初体験

 球界でも一選手として独り立ちをしなければならないときはやってくる。負担の軽い仕事だけで良かったのが、チームの運命を左右するようなプレッシャーのかかる任務を課せられるタイミングがそれにあたる。アリエル・マルティネスにとってはまさに本日がその時だった。

 5番・捕手でスタメン出場したアリエルは、第一打席からセンター前に運んで幸先の良いスタート。7番・堂上直倫の本塁打で生還し、貴重な先制点をもたらした。この打席以降快音を響かせることはなかったが、何ら心配はない。一発の魅力を秘めた打撃は、今後も必ずやドラゴンズに勝利をもたらしてくれるに違いない。

 それ以上に目立ったのが守備面での貢献だ。先発バッテリーを組んだ松葉貴大の “4回パーフェクト” を演出。松葉は5回表に鈴木誠也に初安打を許したものの、6回途中に降板するまで許した安打はこの1本。とはいえ降板時は2死・満塁の大ピンチ。与田監督はたまらず球審に田島慎二の名を告げた。

 一打逆転の場面で迎えるは、日本球界の4番打者である鈴木誠也。恐怖で震え上がるような場面といってよい。しかも扇の要を務めるのは今シーズン捕手として先発フル出場のない選手。ただ何も起こらないことを祈るばかりだった。

登竜門

 数分後、スコアボードに刻まれた数字は「0」。土俵際でチームは踏みとどまった。マスク越しの表情を読み取ることは難しかったが、さぞかしホッとしたことだろう。しかし試合はまだ3イニングも残っている。この先登場する投手は「勝利の方程式」を担う面々だ。

 かつてドラゴンズには大石友好というリリーフキャッチャーがいた。一時代を築いた中村武志がまだ駆け出しの頃、勝ちゲームの終盤は百戦錬磨の捕手に運命を委ねている。谷繁元信も同様だ。大洋(のちの横浜)時代、大魔神こと佐々木主浩の女房役には荷が重いと判断されていた時期を乗り越え、前人未到のキャリアを築いたのは有名な話だ。

 平成を彩った二人のレジェンドも味わった経験に、キューバ出身の若者は真っ向から向き合った。勿論、8回裏に打順が回ってくること、最終回を投げるライデル・マルティネスとの意思疎通を考えたうえでの「交代なし」だろう。ベンチには拮抗した試合を締めくくる過酷さを誰よりも知るバッテリーコーチがおり、正捕手・木下拓哉や経験豊富な大野奨太が控えている。加えて残り9つのアウトを取る間に、経験不足を露呈する可能性も大いにある。それでも首脳陣は背番号57を使い続けた。

 実のところ昨シーズンも捕手として8試合フル出場の経験はあるが、当時は支配下選手登録されたばかり。一軍選手としてハイレベル活躍が求められる身の現在とは立場が異なる。本日の試合は独り立ちをするための貴重な実戦として、「完封勝利」を求められたのではないだろうか。そして遂に訪れた歓喜の瞬間。「できた」!

 計5名の投手の良さを上手く引き出し、被安打1のシャットアウトゲーム。何より一人で試合を作り上げたことに価値がある。この1勝は一捕手として飛躍をする上で途轍もなく大きな白星となった。

 今後何度も痛い目にあい辛酸をなめることもあるし、言語の壁を痛感することもあるはずだ。ただ、それを克服した先には日本球界においてかつてない結果が待っている。捕手王国・ドラゴンズに強力な切り札が誕生した。

(k-yad)