ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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天の声

●4-9DeNA(12回戦)

 かつてプロ野球のトレードの締切日は6月30日だった。毎年この日が来ると、駆け込みの大型トレードが成立しないかワクワクしたのを思い出す。シーズン途中のトレードで加入した選手にはつい肩入れしたくなってしまうのは今も同じだ。この日のスタメンでは武田健吾が該当する。武田がドラゴンズの一員となったのは、丁度2年前の6月30日。オリックスとの間に成立した大型トレードで、松葉貴大とともに尾張の地に足を踏み入れた。

打たなければ何も始まらない

 武田の主な起用法は終盤の守備固め。2020年は常時一軍に帯同、84試合に出場し、チームの7年ぶりのAクラス入りに貢献した。貴重な外野手のバックアッパーとして欠かせない存在となっている。そんな守備職人が5月27日のソフトバンク戦以来、今シーズン3度目のスタメン起用。久々に先発メンバーに名を連ね、バットで存在感をアピールする絶好のチャンスが到来した。

 昨シーズンは一度も二軍落ちをしなかったにもかかわらず、与えられた打席数は64。今シーズンに至っては、出場52試合で22打席しか立っていない。誰もが認める守備力である一方で、確実性に課題を残す打撃がスタメンの機会を制限しているとも言える。昨日まで時点での打率は.182とお世辞にも高くない。だが、当たれば長打を秘めているのがこの男。期待と不安が入り混じった中での試合開始となった。

2回裏終了時点で1-7。降りしきる雨とともに流されてしまいたいような試合展開だったが、背番号56はそう言ってはいられない立場。交流戦後には加藤翔平がロッテから移籍し、激しさを増すサバイバルを勝ち抜くには、打撃でのアピールが要求される。

 この日はDeNAが対戦相手だが、会場は神宮球場。DeNAの本拠地である横浜スタジアムが東京五輪の会場となることを受けての措置だ。しかし、武田と神宮の相性はすこぶる良い。今シーズン初スタメンとなった4月25日のヤクルト戦で、ホームランを含む4打数2安打1打点の大活躍。「覚醒再び」の期待を背に、回の先頭打者として静かに打席に向かった。

脱・意外性の男

 対するは今永昇太。故障明けとは言え、DeNAの大黒柱を担い、東京五輪では日の丸をつけていてもおかしくない投手。腕試しには絶好の相手だ。だが、緩い球を2球空振りしてあっさりと追い込まれてしまう。格の違いを見せつけられて、うつむき加減でベンチに下がる姿を想像したのは私だけではないはずだ。

 ところが想像は大外れだった。3球目の外角低めのストレートを逆方向にはじき返すと、打球はフェンスに直撃。悠々と二塁ベースに到達した。続く代打・郡司裕也の右飛で三進すると、大島洋平が10球粘った末に放った中前打で生還。反撃の狼煙を上げる1点をもたらした。

 続く打席は5回表の無死走者なし。この打席では前の打席とは異なる内容を見せた。第1打席に二塁打を打たれたこともあり、今永は徹底して低めを突いてきた。1-2と追い込まれてしまったが、そこから武田が粘り腰を見せる。膝元のチェンジアップを2球見逃しフルカウントに持ち込むと、渾身のクロスファイアをカット。最後は低めのストレートを見切って四球をもぎ取った。

 その後、三ツ俣大樹のセカンドゴロで2度目の得点を記録。「捨て試合」やむなしの状態から、勝利の灯が終盤まで消えなかったのは他ならぬ背番号56の力あってのものだった。

 ただ、惜しむらくは6回表の第3打席の三振だ。不安定な今永に代わって登板した平田真吾を攻め立て1点を返し、迎えた2死三塁の場面。結果論となってしまうが、ここで一本出ていれば……となってしまう。「守備のスペシャリスト」から「何でもこなすスーパーサブ」へと見る目も変わっていただろう。それだけにヒーローになり切れなかったのは歯がゆくもあった。

 明日が保証されていない立場の選手にとっては、1日1日、いや1打席1打席が勝負になる。いつ訪れるかわからない次のチャンスに備えて、武田は牙を研ぎ澄まし続ける。

 「俺を忘れてもらったら困る!」

 悲痛な叫びが神宮の杜に轟いていたような一夜だった。

(k-yad)