ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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新天地での初仕事

●2-5ヤクルト(9回戦)

 「それじゃ明日から名古屋営業所ね」

 プロ野球選手のトレードは、会社からの半強制的な辞令という点で転職よりも異動の方がニュアンス的に近いと思う。それも引き継ぎだったり、引っ越し準備のための猶予期間は一切なく、発令されればその日のうちにスーツに着替えて別れの挨拶をして、翌日には新天地で入団会見をおこなう。

 昨年、電撃トレードで巨人を出た澤村拓一が入団会見の数時間後に借り物のユニフォームを着用し、名刺がわりの3者連続三振という衝撃の新天地デビューを果たしたのは記憶に新しい。あれを見て「カッコいい‼︎」「すごい‼︎」と思えたらまだ若い。転勤して即、前線に送り込まれるシビアさを想像して「オレなら無理だな……」とか勝手に打ちひしがれるようになったらオジサンの仲間入りだ。

 異動してきたばかりの新戦力はいやが上にも過剰な期待をかけられがちなもの。ただでさえ慣れない環境でのストレスに加え、右も左も分からない中でいきなり活躍を求められるのだから、並のメンタルでは耐えられそうにない。泣き言ひとつ言わず新天地でプレーする選手を見るたびに、つくづくプロ野球選手は立派だなと感心するわけだ。

 そしてこのたび千葉から名古屋に移ってきたばかりの「ニュー加藤」こと加藤翔平もまた、移籍即8番ライトスタメンで初お目見えとなった。待望の走攻守揃った、パンチ力もある外野ユーティリティーーなどとまるでFA選手でも獲ってきたかのような前評判は、加藤自身にしてみれば余計なプレッシャーかも知れない。だがファンは、それくらい期待しているのだ。

「ドラゴンズの加藤翔平」

 初打席は3回表だった。悲願の200勝達成へとラストスパートをかけるべく死地から蘇った石川雅規の前に、ドラゴンズ打線は一人のランナーを出すこともできずに7個のアウトを重ねていた。既に2点を追いかける苦しい展開ではあるが、このまま不惑の大ベテランに淡々と抑え込まれたのではあまりにも情けない。

 とはいえこのイニングも1死で、迎えるは8番打者だ。打順の巡り合わせ的にもここは無得点が濃厚。大島洋平から始まる4回に反撃の狼煙を上げられれば……とかなんとかゴニョゴニョと皮算用していると、打席には真新しいユニフォームに袖を通した加藤が登場した。ロッテ時代と同じ赤いリストバンドが神宮の赤土によく映える。

 なんでも加藤はスイッチヒッターにはめずらしく、右打席の方が顕著に成績が優れているそうだ。ちょうどこの対戦も右打席。その初球だった。漆黒のバットを振り抜くと、打球はグングンと伸びてレフトスタンドの最前列へと飛び込んだ。

 衝撃デビューと言って差し支えないだろう。一塁ベースを回ったところで軽くポンと両手を合わせた加藤は、やや控えめにベンチへ戻るとナインから次々とグータッチの祝福を受けた。それと同時に薄暮の空に鳴り響く、レフトスタンドからの拍手喝采。本当の意味で「ドラゴンズの加藤翔平」が誕生した瞬間である。

愛知県民の心を掴む

 それにしても目を見張る積極性だ。高めに浮いたスライダーだったとはいえ、新天地の初打席で初球から強いスイングなどなかなかできるものではないし、ましてや打ち損じることなくしっかりとスタンドまで届かせてしまうなんて。

 ロッテファンいわく、その積極性が悪く出ると淡白な打撃になってしまうそうだが、甘い球を一振りで仕留められる打者がそもそもドラゴンズには皆無なので、多少の短所には目をつむってでも起用する価値は大いにある。

 幕張から転勤してきた30歳。入団会見では「名古屋のイメージはご飯が美味しいこと」と答え、愛知県民の心をガッシリと掴んだ。愛知県民は味噌文化に誇りを持ちつつも、その独特の風味が他県民の口に合うかどうか、本音をいえば少し不安なのだ。

 だから加藤のように、向こうから「食べ物が美味しい」と歩み寄ってくれると心底ホッとするのである。というのは全くの余談。

 とにもかくにも、新天地での初仕事で満点アピールに成功した加藤を見て、「すごい‼︎」「カッコいい‼︎」よりも相変わらず「オレなら無理だな……」と打ちひしがれながら発泡酒をちびちび飲む自分がやけに小さく思えた。そんな金曜夜の負け試合であった。

(木俣はようやっとる)

 

加藤翔平コメント引用・東海テレビ