ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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リスタート

●1-4広島(2回戦)

 春のセンバツで中京大中京(愛知)が常総学院(茨城)を下し、8強入りを決めた。エース・畔柳亨丞(くろやなぎ・きょうすけ)の好投と集中打で関東の強豪を一蹴した戦いぶりには、ドラゴンズからドラフト1位指名された高橋宏斗らを擁しながらも、大会の中止に泣いた昨年の雪辱を期待せざるを得ない。

 母校が甲子園で躍動する裏で、「ドラゴンズの高橋宏斗」が遂にベールを脱いだ。阪神との2軍戦で、先発した梅津晃大の後を受けて6回から登板。ストレートの最速は149キロをマークしたものの、4安打を浴び3失点とプロの洗礼を浴びる格好となった。予定していた1イニングを投げ切ることができず、3分の2回でマウンドを降りた。

 ほろ苦いデビュー戦となったが、千里の道も一歩から。近い将来、この日の登板が良い思い出話として語られていることだろう。

 

紆余曲折

 そんな中、復権の機会を虎視眈々と狙っているのがかつてのドラフト1位・鈴木博志だ。

 150キロを超える速球を引っ提げて名門ヤマハから入団。ルーキーイヤーの2018年には開幕から一軍入りを果たし、53試合に登板。翌年は開幕からクローザーを任せられ、将来を嘱望される存在となっていた。

 しかしながら、課題の制球難の影響でシーズン途中にクローザーの座を追われると、トンネルに迷い込んでしまう。「大福丸」が大車輪の活躍を見せた昨シーズンはわずか6試合の登板にとどまった。

 窮地において「和製キンブレル」が取り組んだのがフォームの改造だ。リリースの位置をサイド気味にしたことによって、制球面の改善を目指した。春季キャンプを経て迎えた今年のオープン戦、鈴木はフォーム改造が正解だったことを結果で示した。

 6試合に登板し、防御率は0.00。加えて、与えた四死球は0と内容面も文句なし。鈴木は晴れて開幕一軍の切符を手にした。

 

新たな切り札

 昨日の開幕戦に続き連投となった今日は、1死満塁のピンチでの登場となった。先頭の堂林翔太には、叩き付けた打球が前進守備のショートの頭上を越える不運な適時打を許してしまったが、後続の大盛穂と松山竜平を抑え、ピンチを最少失点で切り抜けた。

 昨年までの鈴木なら、ストライクを取ることに苦労してしまい、押し出しによる失点や、球種を絞られて痛打を浴びてもおかしくない場面。ところが、マウンド上にはその頃の鈴木はもういなかった。

 特に良かったのが、フォーム改造後に多投するようになったツーシームだ。右打者の堂林に対しては懐を抉る球として、左打者の松山に対しては外角のバットの芯をずらす球として投げていた。しかも球速は140キロ台後半をマーク。ツーシームと急速差の少ないストレートやカットボールを駆使し、テクニックで打者を料理できるようになっていた。福山雅治風に言えば「実に嫌らしい!」。

 とは言え、失点してしまったことは少々いただけない。不運な打球だったかもしれないがゼロで切り抜けてほしかった。なぜなら、鈴木にはもっと緊迫した試合の重要な局面を安心して任せることができる投手になるだけのポテンシャルを秘めているからだ。

 現在、ドラゴンズのリリーフ陣は決して盤石とは言えない。福敬登がオープン戦で不安定な投球を見せていたことに加え、ライデル・マルティネスも来日が遅れた影響もあり、一軍に合流できていない。さらには、木下雄介が右肩に大けがを負ってしまった。頼りになるリリーフ投手が一人でも多く出てきてほしいのは、与田監督にとっても切実な願いであるはずだ。

 期待が大きかったゆえに、外野からいろんな声が聞こえてきただろう。そんなかつてのドラ1右腕もまだ24歳になったばかり。学年だと、この日の試合でプロ初セーブを記録した広島のドラフト1位ルーキー・栗林良吏と同じだ。

 ロマンにあふれた剛腕のプロでの第2章。憧れの大投手への夢を追った第1章の次にあるのは、シビアなプロ野球界を生き抜く「技術屋」としての生き様だ。

 研ぎ澄まされた感性とテクニックで修羅場を潜り抜け、チームを不協和音から守ってくれるに違いない。まるでピアノの調律師のように。【k-yad】