ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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蘇生

○5-4DeNA(23回戦)

 9回表2死ランナーなし。最後のバッター、伊藤裕季也が10球目の変化球を空振りしてゲームセット。その瞬間、マウンドの福敬登の顔に溢れたのは、笑顔ではなく……涙だった。

 木下拓哉と軽く抱擁を交わすと、福は帽子で目元を隠した。流れ出る涙を見せないために。苦しかった。苦しい一週間だった。チームにとっても、福自身にとっても。

 

福のライフはゼロだった

 貯金は「8」まで膨らみ、4位DeNAとのゲーム差は5.0に広がっていた。残り試合を数えればどう見たって安全圏である。誰もが8年ぶりのAクラス入りを疑わなかった。もう間違いないと確信していた。ところが事態は“あのイニング”を契機に暗転した。

 10月27日、甲子園での阪神戦。

 あの日の8回裏は、いま思い返しても何が起こったのか理解できないほど不可思議なイニングだった。致命傷となったのは滝野要の捕球ミスだが、そこに至るまでに福は二つのエラーを犯した。捕球エラーと悪送球。どちらもプロレベルなら難しくない、できて当たり前のプレーだ。ところがあの日、あのイニングに限って福はそれができなかった。

 そしてあの瞬間から長く苦しい戦いが始まった。今季最悪の6連敗。特にしんどかったのが10月31日の広島戦だ。2-1と1点リードで迎えた8回表、福があの日以来のマウンドに登った。ピシャリと抑えて自信を取り戻すという青写真をベンチは描いたのだろうが、待っていたのは傷口をより深く抉るような現実だった。

 あれよあれよとランナーを溜め、福は5点を失ってマウンドを降りた。自信を取り戻すどころか、逆転を喫して負け投手となったのである。ベンチに戻ると、福は俯(うつむ)いたまま動けなくなった。自信喪失なんてものではない。もはやライフがゼロであることは、誰の目にも明らかだった。

 見ているこちらが心配になるほど、福の落ち込みようは生半可なものではなかった。

 

福、蘇生

 迎えた今日の一戦は、勝てば悲願のAクラス入りへと大きく前進する重要な試合。中盤までスイスイと投げていた先発・勝野昌慶が突如としてつかまり、6回途中での降板を余儀なくされた。こうなるとブルペン総動員はやむなし。当然、福にも出番が巡ってくることが想定される。

 又吉克樹、谷元圭介、祖父江大輔が危なげなくバトンを繋ぐと、8回裏には高橋周平の値千金の勝ち越しホームランが飛び出した。さて、そうなると問題は9回だ。1点リードの最終回を一体誰が締めるのか。祖父江を回跨ぎで行かせるのか、あるいは藤嶋健人に任せるのか。しかし首脳陣が選んだのは、まさかの福だった。

 心身ともにボロボロの福を、あろうことか最大限に緊張する場面で投入するとは。ここでダメなら福はもう二度と立ち直れないほどのダメージを食らうことになるだろう。それでもベンチは、リスク覚悟で福の復活に懸けた。

 ソト、中井大介を打ち取ってツーアウト。しかし、ここからが永遠かと思えるほど長かった。最後の打者・伊藤裕がなかなかアウトになってくれず、フルカウントから4球ファウルが続いたのだ。勝負は遂に10球目を数えた。内角低めに沈む変化球に伊藤のバットが空を切り、ようやくゲームセットにこぎつけた。

 あの日のエラーから、プツリと切れた緊張感。週末の広島戦、そして昨日と福のボールに魂は宿っていなかった。今日も途中までは自信なさげに、恐る恐る投げていることが伝わってきた。だが伊藤がファウルを打つたびに、福の投げるボールは息を吹き返すように勢いを増していった。まるで一週間ほど死んでいた闘争本能が、厳しい勝負のなかで蘇生したようだった。

 

 そう何度でも 何度でも君は生まれ変わって行ける

 そしていつか捨ててきた夢の続きをーー

 

 全ては明日、エースに委ねようではないか。Aクラス入りまであと……1勝。

 

【引用】

Mr.Children「overture ~ 蘇生」Mr.Children TOUR POPSAURUS 2012 - YouTube