ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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暗黒戦士の意地をみた

○4-3ヤクルト(21回戦)

 「♪ こんなに近くにいたのにどうして 気づかなかったの 今まで私」

 ふとこんな歌詞が頭に浮かび、誰の歌だったかなと検索してみると、竹内まりやが牧瀬里穂に提供した『Miracle Love』(1991年)という曲だと分かった。身近にいた運命の人との恋の奇跡を歌ったこのナンバー。探し求めていたものは、いつだって意外と近くにあるものだ。

 それは野球だって同じことかもしれない。何年もずっと中日が求め続けてきたものといえば、なんたって正捕手だ。谷繁元信の引退後、何人もの選手たちが挑戦したが、誰一人としてその座を掴むことはできなかった。打力が足りない、リードに難あり、守備が巧くない……。例え長所があっても、それをかき消してしてしまう短所に目が行っては評価も上がらない。何年待っても全てを兼ね備えた捕手は現れず、遂には超強肩という一芸に賭ける形で、昨年は加藤匠馬を半ば強引に起用したりもした。

 決して貶めるわけではなく、加藤は想像以上に頑張ってくれたと思う。守備とリードも一年間で随分と進歩した。その結果、今季も3番手捕手として一度も抹消されることなくフルシーズン一軍に帯同している。しかし、正捕手を掴むにはいくらなんでも打力が低すぎた。

 かと言って郡司裕也はまだ粗が目立つし、石橋康太は二軍で英才教育の真っ只中だ。結局今季も正捕手問題は解決せずーー少なくとも開幕当初はそうなるだろうと予見していたのだが、今やそのポジションには大柄な背番号「35」がどっしりと腰を据えている。その名は木下拓哉。なんてことない、運命の人は4年も前から近くにいたわけだ。

 

もう一人のヒーロー

 1点を勝ち越された直後の6回表の攻撃。1死一、三塁とし、スライダーを弾き返した木下の打球は右中間を深々と突破。これが逆転2点タイムリーとなり、中日はこのリードを継投で守り切り4連勝を飾った。

 もちろんヒーローは殊勲打の木下だ。そこに異論を挟む余地はない。だが、そもそも反撃の機運を生んだのは、5回裏のヤクルトの攻撃をなんとか1点に凌いだことだった。

 2死二塁から坂口智隆にタイムリーを食らい、さらに村上宗隆を四球で歩かせたところでベンチは先発のヤリエル・ロドリゲスをあきらめた。4回2/3。あと1アウトで責任投球回到達というところでの降板となった。限りなく優位に立つとはいえども、Aクラスが確定するまでは勝利最優先を貫くという意志が明確に出た采配である。

 さてピンチの火消しといえば谷元圭介だが、何しろまだ5回だ。ライデルもいない状況なのに前倒しで起用する余裕はない。そこでベンチが選択したのは背番号「16」、又吉克樹だった。

 たった一人の打者を抑えるための登板だが、ここを抑えるのと打たれるのとでは試合の展開はまったく違ってくる。カウント3-2からの7球目、これ以上の失点は許されない場面で、又吉は今日ホームランを打っている塩見泰隆に対して渾身のスライダーを投じた。入団以来、右打者への決め球として使い続けてきた又吉を象徴する球種である。

 ストライクからボールへと逃げていくこの球に釣られ、塩見のバットが空を切った。軍配は又吉に上がった。まだ1点差。“逆転の竜”が今夜も牙を剥いた。

 

暗黒戦士の意地をみた

 又吉が入団したのは2014年。前の年、実に12年ぶりのBクラスに転落した中日は体制を一新。ルーキーだった又吉は、新生ドラゴンズの最強リリーバーとして67試合に登板し、鮮烈な印象を与えた。

 2年目からは徐々に打ち込まれる場面が目立ち始めたが、それでも入団から3年連続で60試合登板と馬車馬のごとく投げまくった。4年目には一時期先発に転向するなど起用法も一定せず、年を追うごとに登板数も減少の一途を辿った。打者なら平田良介がそうであるように、又吉もまた暗黒時代に全盛期を迎え、弱いチームのために心身を擦り減らした選手の一人といえよう。

 今、ようやくチームは長く暗いトンネルを抜け出そうとしている。それもすべては又吉のような選手がめげずに必死でチームを支えてきてくれたからに他ならない。塩見を打ち取ったスライダーは、まさしく修羅場をくぐり抜けた暗黒戦士の意地を見た一球だった。