ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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“すごい男”を導く男

◯1-0DeNA(21回戦)

 「ッシャアア!!!」

 少し甲高い雄叫びが、マウンドに響いた。8回裏、2死二、三塁。この日迎えた最大のピンチを空振り三振で凌いだ大野雄大は、鬼の形相で小さくガッツポーズを作ると、すぐに相好を崩していつもの柔和な表情に戻った。

 チームきってのムードメーカーであり、またお調子者でもある。しかしひとたびマウンドに立てば、まるで化け物が憑依したかのようにバッタバッタと相手を倒していく。7月末から始まった覚醒は止まるところを知らず、むしろ最近は更なる進化を経て、誰も手がつけられない状態となっている。

 連ねた「0」の数は、前回の完封勝利で36個。球団記録である大矢根博臣の「40回1/3」を塗り替えるべく、大野の孤独な挑戦が始まった。

 

大記録も通過点

 ピンチは初回、いきなりやって来た。プレイボールからわずか4球目を先頭の神里和毅がライト前へ弾き返し、無死一塁。ここ2試合はいずれも初回に失点を喫しており、大野の記録もあっさり途絶えてしまうのかと不安がよぎった。だが2番大和からフォークで空振り三振を奪うと、続くソトへの2球目。盗塁を試みた神里を木下拓哉が矢のような送球で刺した。今季の神里の盗塁成功率は10割。その足を封じたことで、大野は完全に自分のペースを取り戻した。

 その裏、中日は無死満塁とし、昨日逆転ホームランのビシエドの犠牲フライで1点を先制。だが打球があまりに鋭く、右中間を抜けると判断した二塁走者の京田陽太がハーフウェイまで進んでしまっていたため、本来なら1死一、三塁となるべきところが一、二塁となり、続く高橋周平の併殺打で結局1点どまりに終わった。苦手の平良拳太郎を打ち崩すチャンスを逃した格好だ。普通ならこれが後にじわじわと効いてくる痛いミスになりかねないところ。

 だが、今日の先発は普通の投手ではない。ではエース級の投手かと言えば、そうでもない。我々がいま見ているのは、エースを超えた存在だ。人気漫画『チェンソーマン』になぞらえて言うならば、ピッチャーの悪魔と契約した存在とでも言おうか。

 いわゆる“スミ1”という最も投手にとってプレッシャーのかかる展開ながら、大野は淡々とスコアボードに「0」を並べていった。5回表も乗り切り、遂に大矢根の記録を64年ぶりに塗り替える快挙を達成。しかし大野は、そんな大記録でさえもまるで通過点かのように、1点のリードを保ったまま最終回のマウンドに立った。

 

“すごい男”を導く男

 8回表には冒頭のピンチも乗り切り、もはや2試合連続6度目の完封勝利を疑う者は誰一人としていなかった。2死からのヒットはご愛嬌。いや、普通なら1点差であれば、ランナーが一人出るだけでもヒヤヒヤするものだが、大野の場合はまったく怖さを感じさせない。打席にはソト。一発出れば逆転の場面で、ど真ん中のストレートを打ち損じた打球が高々と舞い上がり、大島洋平のグラブに収まった。

 ゲームセット。いつものように大野を囲む輪ができる。京田が帽子を脱いで頭を下げると、大野もそれに応じる。すっかり見慣れた完投完封の儀式だ。与田監督は「ホントにすごい男です」と自軍のスーパーエースを称えた。本当にすごい人物に対しては、「すごい」としか言葉が出てこないものだ。

 たしかに今日も大野はすごかった。完璧だった。45イニング連続無失点。たぶん次に更新されるのは、また60年以上先の話になるのだろう。ただ、その全てのイニングでマスクを被った女房役の存在を忘れてはならない。大野が覚醒した7月31日のヤクルト戦以降、木下は大野が投げる日に必ずマスクを被り、そして全てのゲームセットの瞬間に立ち会ってきた。

 先ほど “孤独な挑戦” と表現したが、訂正する。どれだけすごい投手であっても、それを導くのは捕手の役目だ。今日も初回、もし木下が神里を刺せていなければどうなっていたか。その意味では、連続無失点も連続完投も連続完封も、大野と木下との共同作業でもって築きあげた記録といえよう。

 次に大野がお立ち台に上がるときは、ぜひバッテリーでのヒーローインタビューを見てみたいものだ。