ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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キャプテンの背中

○11-5ヤクルト(18回戦)

 2回裏、9番のところで打席に立ったのは岡野祐一郎ではなく溝脇隼人だった。

 山田哲人の2ランなど初回に4安打を浴びた岡野だが、2回は簡単に三者凡退に抑えていた。なんとか5回まで持ちこたえれば勝機が見えてくるのではないだろうか。ルーキーに甘い私は勝手に青写真を描いたのだが、与田監督は岡野を我慢しなかった。

 ここまで即断即決の采配は、就任以来初めてだろう。どちらかと言えば与田監督は“我慢の人”だ。決して選手を責めるようなことは言わず、起用法にしてもファンから不満の声があがるほど頑なに選手を信じようとする。最近だと不振の平田良介、阿部寿樹を使い続け、OBに苦言を呈されても信念を曲げなかった。

 だからこの采配には心底驚いた。もちろん序盤に4点も5点も取られたら話は別だが、まだ2失点を喫したに過ぎず、しかも第一打席を待たずして交代するなんて、これまでの与田監督には無かった采配だ。

 一体どういうわけなのか。少し考えて、なんとなく分かった。残り38試合で3位とのゲーム差が1に縮まり、いよいよ与田ドラゴンズは情け容赦なき一戦必勝の体勢に入ったのである。

 岡野もルーキーとあって今までなら経験を積ませるためにも5回までは我慢したところだが、被弾の多さは一向に改善の兆しがみえない。それに加えて2巡目以降の被打率がグンと上昇するというデータもあり、青木宣親、山田、村上宗隆といった実力者を抑えられる確率が低いと判断したのだろう。

 幸い、昨日は大野雄大が完封したおかげでリリーフ陣は万全の状態だし、明日は久々の休養日とあって出し惜しむ必要はない。一瞬「故障か⁉︎」と思うような起用はちょっと驚いたが、目先の勝利を掴むための真っ当な采配だったと思う。その直後、又吉克樹が打たれたのは結果論である。

 

立場が人を育てる

 「采配を正解にするのは選手の力」

 去年から与田監督が事あるごとに口にしている、もはやお決まりのフレーズだ。2点を追いついたと思ったらすぐにまた離される苦しい展開。打線が不調の時ならこのまま沈黙で終わり、岡野の降板も“失敗”の烙印を押されて批判の対象になっていただろう。

 だが今のドラゴンズには目標がある。貯金、そして8年ぶりのAクラスである。巨人やソフトバンクのファンが聞いたら耳を疑うような小さな目標かもしれないが、ドラゴンズにとっては高く大きな壁であり、大袈裟に言うなら“夢”みたいなものだ。

 その夢をチームでいちばん叶えたがっているのは、おそらく高橋周平ではないだろうか。チームが最後にAクラスになった2012年はまだ1年目。そこから長い暗黒期に突入し、高橋はまだ本当の意味でAクラスを経験したことがない。

 元々ムードメーカーというタイプではなく、ヒーローインタビューでの拙い受け答えが原因で波留コーチからお叱りを受けたこともあった。よく言えば野球一途。悪く言えば社会性がない子供。そんな印象を私も持っていただけに、2019年の1月に与田監督がこの高橋をキャプテンに指名したのには本当に驚いた。

 「チームが盛り上がるようにやっていきたい。元気がないと思ったら、僕が先頭に立って、元気が出るようにしたい」……キャプテン就任時の高橋の言葉である。同時に高橋は「難しいことはできない」と、本来の性格には向かない大役への不安も口にしている。

 だが『立場が人を育てる』との格言どおり、高橋はプレイヤーとしても、人間としてもこの2年間で大きく成長した。もちろん直接面識があるわけではないので偉そうなことは言えないが、メディアを通じたコメントや言葉のチョイスを聞けば、波留コーチに叱られていた時の高橋とは別人であることは明らかだ。

 話を試合に戻そう。再び2点ビハインドとなった3回裏、無死二、三塁。高橋は高めのストレートを逆らわずにセンター前へ運び、これが同点の2点タイムリーとなった。初回のタイムリーに続いて3打点。さらに5回には反撃を阻止するアクロバティックな好守備も披露した。お立ち台に呼ばれたのも納得の攻守にわたる活躍ぶりである。

 どちらかと言えば言葉ではなく背中で引っ張るタイプ。いつの間にか違和感がなくなった背番号「3」を先頭に、チームは8年ぶりの悲願達成へと残り37試合を駆け上がっていく。

 

【参考資料】

週刊ベースボールONLINE「リーダーの決意」