ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

MENU

「ギブアップしない野球」

●3-9阪神(9回戦)

 現在、ナゴヤドームの監督室には歴代26人のドラゴンズを率いた監督の写真が飾られている。「このチームの歴史を知っておきたい」と、与田監督が就任時に球団に頼んで実現したものだという。

 その中で古い方から数えて16番目に水原茂という監督がいる。元々は1950年から11シーズン巨人の監督を務め、実に8度ものリーグ制覇を果たしたプロ野球初期の名将中の名将である。

 当時、ON擁する巨人の圧倒的な強さの前に為す術もなかったドラゴンズは、一部勢力の生え抜き信仰を押し切り、藁にもすがる思いで“巨人の人間”のイメージが強い水原の招聘に踏み切ったのだ。今なら原辰徳をドラゴンズに迎え入れるようなものと言えば、いかにダイナミックな決断だったのかが分かるだろう。

 その水原のモットーは「ギブ・アップしない野球」。就任会見でも「選手にまず要求することは勝負に対する執念。仮に負けても最後まで決してギブ・アップしないで、真剣にやるという気持ちになってもらうことだ」と主張した。

 巨人を前にしただけで白旗を上げていたような当時のドラゴンズ(というかセ5球団)にとってこの教えは刺激的だったようで、特に水原就任と同時に明治大学から入団してきた星野仙一はその薫陶を激烈に受け、異常なまでの執念でもって巨人に喰ってかかったのは周知のとおり。あきらめとは程遠い野球人生を生涯通して全うした。

 50年も前の監督のエピソードを持ち出したのには理由がある。今日の試合、与田ドラゴンズは「ギブ・アップしない野球」ができていただろうか。いま一度、“嘆きの8回”を振り返ってみたい。

 

問題視すべきは8回“裏”の采配

 

 1点リードがあっという間に同点になり、逆転され、さらに引き離された。思い出したくもない悪夢のイニング。梅津晃大を早めに降板させたことや、福敬登のイニング跨ぎ。さらには石川昂弥に代えた守備固めの溝脇隼人が致命的なエラーを犯すなど、やることなすこと裏目に出た。

 例によって采配ミスを咎める声が噴出する事態となったが、昨日も書いたように采配とは基本、結果論でしか評価できないものだ。今日はたまたま裏目に出たが、同じ起用をしてもうまくハマる日もある。はっきり言ってその程度のものだと思う。

 それよりも問題視すべきは、4点差を追いかける格好となった8回“裏”の采配だ。1死からヒットで出塁したアリエルに、代走として加藤匠馬を出したのだ。たしかに鈍足とは言え、チームでは数少ない一発長打を秘めた選手をここで代えてしまったのは心底驚いたし、残念だった。これではベンチがこの試合をあきらめたと思われても仕方ない。

 8回表に受けた精神的なショックは反撃の気力さえ失うほどエグいものがあったが、それでもまだ2イニング残っていて、しかもグランドスラム一発で取り返せる4点差だ。決して望みを棄てるような状況ではなかったはずだ。

 仮にこの回か9回裏に、一打同点ないし逆転というシチュエーションになった時、アリエルが入っていた5番に打順が巡ってきたとしたら、この采配は猛烈な批判に晒されていたことだろう。

 

たしかに厳しい状況ではあるが……

 

 これが10点も離されていたのなら話は別だ。故障を防ぐためにも主力を外し、若手主体に切り替えることは珍しくない。負け試合を作るのも、シーズンをトータルで乗り切るには必要なマネジメント手法である。

 だが「残り2イニング4点ビハインド」を負け試合と割り切るのはどう考えても早すぎた。お金を払って観に来た観客に失礼だ、というような綺麗事を言いたいのではない。現実的に追いつける可能性が十分あっただけに、早々に攻撃力を著しく落とすような采配には納得ができなかった。

 たとえば巨人戦を見ていて、「ここで坂本を抑えたら、順調にいけば9回は回らないな」と皮算用することがよくある。これは「回らないでくれよ」という祈りにも等しいのだが、回るような状況になったらその時は絶体絶命のピンチを背負っているわけで、もし最終回を前に坂本がベンチに下がってくれれば、それだけでも随分と安心できるし、ほぼ勝利を確信できるとも思う。

 このようにクリーンアップを打つ強打者は、いるだけでも相手に見えざるプレッシャーを与えられるのだ。アリエルに代走が出た瞬間、阪神ベンチは「よっしゃ!」と思ったのではないだろうか。そして私は「なんで!?」と困惑した。

 試合後、おそらく与田監督は監督室の椅子に身を沈め、反省したり、ため息をついたりしたのだろう。その姿を見つめる額縁の中の水原茂は、果たしてこの試合に「勝負に対する執念」や「負けても最後まで決してギブ・アップしない気持ち」を見出してくれただろうか。

 負けるのはまだいい。だが、あきらめるのは許してはならない。借金8。たしかに厳しい状況ではあるが、歴戦の監督たちならきっとこう叱咤を飛ばすはずだ。「まだあきらめるな」と。