日常から野球が消えて早数週間。本来なら一喜一憂に身悶えつつも幸せな日々を過ごしているはずの春なのに、社会は“緊急事態宣言”だの“首都封鎖”だの物騒な言葉で埋め尽くされてしまった。いつ終わるとも知れない未知なる敵との戦いにいい加減うんざりしている方も少なくないだろう。
というわけで当ブログでは、少しでも読者の皆様に“日常”を感じて頂きたく、過去の中日ドラゴンズの試合の中からランダムにピックアップした1試合に焦点を当てて振り返ってみたいと思う。
題して「ある日のドラゴンズ」。誰も憶えていない、なんなら選手本人も憶えていないような、メモリアルでもなんでもない「ある日」の試合を通して、平和の尊さを噛みしめようではないか。
1954年4月21日 vs広島5回戦
寒風吹きすさぶ広島県総合球場は、投手にとって投げにくい事この上なかったに違いない。それでも中日は先発・大島信雄がなんとか5回2失点で凌ぐと、6回からはエース杉下茂を投入。1点は失ったものの、苦心のリレーで攻撃陣の奮起に託した。
こちらも途中からの登板で5イニング目に突入した広島のエース長谷川良平にようやく打線が食らいついたのは、延長戦も頭によぎった9回表のことだった。本多逸郎、原田徳光の連打の後、西沢道夫の遊ゴロがイレギュラーバウンドする間に快速飛ばして本多が生還。さらに杉山悟の右犠飛でダメ押し点を奪い、熱戦に終止符を打った。
前日の大敗のショックを払拭する快勝。これで済めば良かったのだが、血の気の多さで知られる広島の熱狂的ファンは簡単には帰らせてくれなかった。試合が終了するやいなや、100名前後の観衆がグラウンドになだれ込み、審判を取り囲んで暴行。またダッグアウトに引き揚げていた中日・木下貞一は三塁側スタンドから投げ込まれたビール瓶で右後頭部と右耳に全治5日間の軽傷を負った。
広島ファンを怒らせたのは9回表の際どい判定。決勝点にもなった遊ゴロがイレギュラーする間に、打った西沢は二塁を陥れようと疾走。左翼手からの返球を受けた金山次郎のタッチもむなしく間一髪セーフとなったが、どうやらこれが不服だったようだ。
騒動を受けて広島・白石監督は直ちに暴行を受けた審判員、木下のもとを見舞って遺憾の意を表明。中日・天知監督は「今後このような不祥事が起きぬよう注意してもらいたい。今後広島と試合をしないなどということは考えていない」と寛容な態度をとったが、審判団が連盟に裁定を要請。鈴木龍二セ・リーグ会長は今後の同球場での開催の可否を含めて検討すると宣言した。
黎明期広島のめちゃくちゃな球団運営
このような騒動がたびたび起こっていた当時の広島戦。何しろ当時の本拠地だった広島県総合グラウンド野球場にはスタンドなどというものはなく、ファンと選手の境界線はフェンス代わりの縄を張って区切っただけの簡素なもの。縄さえくぐれば簡単に侵入できるのだから、ファンが勢い余って暴徒化するのも無理はない。
この試合では広島ファンが加害者となったが、同年9月8日はやはり中日戦で別の事件が起こった。元々は西条御建公園野球場でのダブルヘッダーが組まれていたが、前夜から朝にかけて通過した台風13号の影響でグラウンドは最悪の状態。また中日選手団が前日試合のあった松山から瀬戸内海を船で渡って宿泊先に到着したのが午後11時過ぎのことだった。
満足な睡眠もとれず、食当たりか冷えたのか早朝から腹痛を訴える者が続出。もはや野球どころじゃないと天知監督は中止を強く訴え、また審判団も諸々のコンディションから見て当然中止だと考えていたようだが、売り捌いたチケット代を返金したくなかった広島球団はグラウンドにガソリンを撒いて着火するといった荒技で土を乾かして無理やり試合を敢行。
しかも当初のダブルヘッダー予定をシングルに変更した旨を試合前に一方的に知らせるなど伝達面での不備も多く、現地の事情も知らずに広島からの連絡を受けて安易に試合決行を了承した連盟にも中日は怒りの矛先を向けた。ある意味では、球団史でも最も過酷な遠征だったといえよう。
広島球団の創設は、巨人や阪神、中日といった古参からだいぶ遅れての1949年。言うまでもなく先の大戦では他地域とは比にならないほどの甚大な痛手を被り、まだ街の復興も道半ばという段では球団運営に不慣れが生じるのもやむを得なかったのかも知れない。それにしても審判殴打だのグラウンドにガソリンだの、戦後プロ野球のなんとスリリングに満ちたことか。
良くも悪くも…ってか悪いだけか
広島ファンは1956年にもビール瓶で巨人を襲ってるし、ほんとに野蛮だったんだな
