ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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中日ファンのための読書感想文①

 「本、読んでますか?」

 外出自粛令が敷かれた関東圏はもとより、東海地方でも自宅に篭りっきりで暇を持て余している方は多いことだろう。野球放送の無いテレビなんか退屈なだけ、かと言ってYouTubeやゲームだって1日中やっているわけにもいかない。

 まさしく世界総引きこもりとも言える異常事態において、困窮した我々を救ってくれる有用な娯楽こそが「書を読む」ということ。そう、“読書”である。

 若者の活字離れが叫ばれて早幾年。町からは書店が消え、電子書籍とやらも今ひとつ定着しているようには思えない。今や一部好事家の嗜みに成り下がった読書だが、かつては映画と並ぶ最高のエンターテイメントだったのだ。楽しいだけでなく、文化的な香りも漂う知的な娯楽。未曾有の事態に見舞われた今だからこそ、専門家気取りの素人ツイッタラーの戯言や扇動などに気をもまず、持て余した時間を使って良質な本を読もうではないか

 

題して「中日ファンのための読書感想文」

ちうにちファンなら読んでおいて損はない珠玉の1冊を紹介する新コーナーだ

 

 

1冊め「中日ドラゴンズ四十年史」

 

 “読書”と言っておいて年史とはこれ如何に、と思われてもおかしくはない。年史というと大抵は豊富な写真を配したダイジェストのような本を想像するだろうし、現に2016年刊行の「中日ドラゴンズ80年史」はそうした趣向の内容だった。

 しかし1975年に前年の20年ぶりのリーグ制覇を記念して出版されたこの「四十年史」は、ほぼ全編が文章のみで構成された立派な読み物である点に特色を持つ。巻末の「発刊にさいして」曰く、

 四十年史の編集に当って、とくに気付いたことは、この種の刊行物が年代的な資料に重点が置かれて、その長いあゆみを彩るエピソードや、変革をもたらした事実や事件に対して、ドキュメント風な記述が少なかったように思われることであります。

(省略)

 そうした意味で「中日ドラゴンズ四十年史」は、ファンと共にあゆむ本、書籍としておもしろく愉しく読んでいただけるものにしたい、との趣旨に徹底しました。

 

 執筆にあたったのは、この時点で野球記者25年のキャリアを持つ中日スポーツ編集委員の森芳博氏。のちに「ドラゴンズ魂」「ヤングドラゴンズ」という2冊の書籍(共にリイド社/絶版)を出版した筋金入りのベテラン記者だ。

 本書は主に「球団史」「選手紹介」「サイドストーリー集」の3章から成る。特に「球団史」は1936年の球団創設から1975年までの約40年間の様々な出来事が年次で紹介されており、これをひと通り読むだけでもドラゴンズ博士と呼ぶに十分な知識が得られるほどのボリュームと読み応えがある。当ブログで2月に公開した「水原茂 激動の3年間」も本書を大いに活用させてもらった。

 白眉は球団初期からの軌跡を文字どおり間近で追いかけてきた森記者だからこそ知る細かいエピソードや情報の数々だ。例えば私は以前から昇竜館(と、その前身の選手寮)の歴史について調べたく、様々な文献に目を通してきたのだが、なかなか具体的な情報に辿り着けずにいた。そんな時に本書を読むと、それはまあ丁寧に歴史が綴られているではないか。

 1953年、2軍が使用していた旧鳴海球場隣接の通称「鳴海ハウス」という合宿所から始まり、現在は新幹線の線路が通る場所に建っていた「鷹羽寮」に移転。さらに1959年、中村区向島町に移転。このときグラウンドに近い方がいいだろう、との考えから中日球場の敷地内に新選手寮を建設する予定があったが、「負けたときにファンから何をされるか分からない」という理由から変更されたという経緯があったそうだ。こんな小ネタが読めるのは、おそらく日本中を探しても本書だけだろう。

 また1950年に松竹ロビンスの優勝に貢献した名打者・岩本義行の実弟・岩本信一が選手寮の初代寮長を務めたということはかろうじて知っていたが、それまでは2軍監督が寮長を兼務していたこと、さらに鷹羽寮時代から合宿の管理・賄いを寺沢努、秋子という老夫婦、そして“おはるさん”こと高木はるえさんという寮母が一手に引き受け、切り盛りしていたなんて事実はネットの海をどれだけ散策したって決して知ることのできない情報である。

 森記者の巨人に対する対抗心も、70年代新聞戦争真っ只中の時代を感じさせてくれておもしろい。たとえば中日と巨人の球団創設時の志しについて触れた箇所では「読売がプロ野球を販売拡張の道具にしようとする意途があったのに対して、名古屋軍のそれは『プロ野球そのものを発展、育成しよう』とする根本思想の違いがあった。どちらが正当なものであったかは、ここで改めて述べる必要はないだろう」。

 さらに水原監督の就任を契機にユニフォームに明るいスカイブルーを取り入れたことに関しては「この中日のユニフォームに引きかえ、巨人の黒っぽいユニフォームが、いかに薄汚れた感じを与えたことか」「昨秋の日本シリーズ。派手なユニフォームの選手たちがグラウンドで熱戦を繰り広げた。それまで過去9年間も連続して、相も変わらぬ巨人の黒っぽいユニフォームが幅を利かせていた日本シリーズとしては、単に新しい顔ぶれの対戦というだけにとどまらず、まことに新鮮な印象を与えたのである」、こんな調子だから思わず吹き出してしまった。

 

 80年余の球団史にあって40年など折り返しに過ぎず、いくらドラゴンズが好きでもさすがにカラーテレビが普及する前の時代は古めかしく、興味がわかないファンもおられるだろう。だが、連綿と続く球団史を学ぶことは、ドラゴンズの応援により一層深みと彩り、そして味わいをもたらしてくれるはずだ。

 本書は当然ながら絶版であり、現在ネット通販にもなかなか出回っていないようだ。ただ、オークションサイトやフリマアプリを根気強くチェックしていればひょっこり出品されることもあるかもしれない。その時は金額がいくらであろうと迷わず購入することを薦める。それだけの価値がある、文句なしの良書だ。

 

「中日ドラゴンズ四十年史」(中日新聞社/絶版)