ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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鬼になる資格

 投手を見ていてフォームの格好良さに憧れたり、投げるボールに見惚れることはあっても、投げる姿そのもの、存在そのものに圧倒されることはそうそうない。ゲームを支配するオーラとでも言うのだろうか。そういう投手からは打たれる気配が一切消え、マウンドは目の前の打者をいかにして抑えるかを堪能するための舞台と化す。

 そこまでの領域に達する投手は稀だ。エースと呼ばれる存在でも、年に何回もそういう投球ができるわけではない。多分やろうと思ってやれるものではなく、感情の昂ぶりによって自分でも知らないうちにスイッチが入ってしまうものなのだろう。

 記憶している限りでいえば、2002年に巨人との開幕戦で先発、完投したときの井川慶、2013年に西武ドームで優勝した日の、1死二、三塁からの田中将大、そして2016年CSファイナルステージ第5戦、ソフトバンク戦の9回に登板し、165キロを連発した大谷翔平。下の2例は比較的最近の話なので覚えている方も多いだろう。

 この3人は、間違いなくあのときゾーンの向こう側に立っていた。何かが取り憑いたような鬼気迫る顔つき、鋭い眼光、打者を見下ろすかのようなふてぶてしさ……。ゾーンを超えた投手は、まるで覚醒した浦飯幽助のように他者を寄せ付けない“鬼”に変身するのだ。

 

ドラゴンズ最後の鬼・川上憲伸

 

 ドラゴンズでいえば2000年代に活躍したエース・川上憲伸が最後だろうか。調子の良い時の川上は、それこそ打たれる気がまったくしなかった。

 こんな試合を思い出した。2006年5月16日、ナゴヤドームでのオリックス戦。完封間近の9回1死一塁、村松有人の放った二塁後方へのゴロを井端弘和がさばき、森岡良介、渡辺博幸とわたってゲッツー完成ゲームセット、かと思いきや村松の足が一瞬早く一塁ベースに着いており判定はセーフ。2死一塁で仕切り直し--と、次の瞬間。マウンドの川上が、グラブを地面に思いっきり叩きつけたのである。

 負けたわけでもなく、完封を逃したわけでもない。単にゲッツーを取り損ねた、ただそれだけのことである。それでも川上には許せなかったのだ。思い描いた理想どおりに幕引きができなかったことが。もはやここまでくると、勝ち負けとは別次元の境地だ。

 試合後、「最後はちょっとカッとしちゃいましたけど、それだけ気持ちが入ってたと思えば、それはそれでいいんじゃないかな」と笑顔でインタビューに答える川上の表情には、もう鬼は棲んでいなかった。やはりマウンドには投手を豹変させる魔力が眠っているようだ。

 

鬼になる資格を持つ男

 

 さて、今のドラゴンズに鬼になる資格がある投手はいるか。小笠原慎之介? まだ迫力不足。大野雄大? 鬼とまではいかない。柳裕也? もうひと皮剥かないと厳しい。そうやって見渡したとき、ただひとり梅津晃大には他の投手にはないオーラを感じることがある。ルックスの良さとかではなく、投手としての立ち振る舞いにそこはかとない魅力を感じるのだ。

 昨年、8月からの戦列加入にもかかわらず4勝をあげた梅津。とくに1敗を喫したあと、シーズン最後の登板で4勝目を飾ったのはみごとだった。一度メッキが剥がれるとズルズルと歯止めが効かなくなる投手を何人も見てきたが、梅津は2週間の調整期間で課題を修正し、勝ってシーズンを終えることができた。近藤真一以来になる3戦3勝よりも、個人的にはこっちの方が価値があると思う。

 もちろんまだまだひよっこ同然。今季の出来次第では手のひらを下向きに返すこともあるだろう。ただ、どこがとは具体的には言えないが、やはり梅津にはかつて川上に感じたのと似たようなオーラを感じるのだ。だから期待してしまう。いつか梅津も鬼になる日が来ることを。そのとき、背番号28はエースナンバーになっているはずだ。