ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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守り勝つ野球とは〜高橋宏斗見殺しの罪

●0-1DeNA(20回戦:バンテリンドーム)

 なぜ投手の一世一代の好投を、高揚感ではなく苛立ちと共に見守らなければいけないのか?

 完全試合をやりかけた大野雄大の時もそう。マツダスタジアムで8回途中まで無安打無失点ペースだった高橋宏斗の時もそう。そして今夜、高橋は再び偉業に向けて快進撃を続けていた。パーフェクトこそ5回表に四球を許して途絶えてしまったものの、依然として “ノーノー” は継続。投げるたびに進化するハタチの凄みにファンは酔いしれ、「今夜こそ」という期待と機運は高まるばかりだった。

 しかし、どれだけ高橋が圧巻の投球を見せようとも味方が点を取らなければ水泡に帰してしまうのが野球のルールだ。高橋の好投につられるように、ドラゴンズ打線をテンポよく封じ込めるのは初対戦の外国人右腕・ガゼルマン。この日が来日2試合目の登板で、リリーフ登板した前回はヤクルト相手に1回4安打4失点とめった打ちにされている。

 海の物とも山の物とも分からない難しさはあっただろうが、ここまで単調に抑え込まれるのは古今東西を探してもドラゴンズくらいのものだろう。ただ打てないだけなら毎度のことだが、今夜は2,5,6回にそれぞれ走塁ミスが出るなど、高橋の足を引っ張るようなプレーが相次いだのも情けなかった。極め付きが7回表、1死一、三塁のピンチで宮崎敏郎をサードゴロに仕留めながら、阿部寿樹と木下拓哉のチグハグな連携で野選による失点を許してしまったプレーだ。

 何がどうなってああなってしまったのか。真相は当事者たちにしか分からないので、プレーそのものをどうこう追及するつもりはない。切ないのは、よりによってあの場面であのプレーが出てしまうという “間の悪さ” だ。「弱いチームあるある」と言ってしまえばそれまでだが、弱いからそうなるのか、そういう事をしているから弱いのか。いずれにしても準備不足、練習不足を指摘されても仕方あるまい。

“詫び料” 込みで6〜7千万円が妥当ラインか

 降板した高橋宏斗のコメントがまた泣ける。「チームの勝利を願って、ベンチで声を出して応援します」だと。まともなチームなら二桁勝っていてもおかしくない投球を続けているが、現実には5勝6敗で負けが先行という異常な状況。メジャーでは運の要素が重きを占める投手の勝利数は重要視されないというが、ここ日本ではまだまだ最もポピュラーな指標としてメディアも球団も評価の軸にしており、オフの契約更改でも「勝ててないからアップ幅は抑え気味ね」と平気でホザきかねないから気が滅入る。

 個人的には、予想外に早く台頭したことへの評価、100イニング到達、驚異の奪三振率、将来性、そして苦しい投球をさせたことへの “詫び料” を込みで、一気に6〜7千万円程度にまで大幅アップして差し上げてもよろしいかと思うのだが、どうだろうか。勝ち星をプレゼントできない分、せめて年俸で感謝を示すのが誠意というものだろう。

 この日で26度目の零封負け。「守り勝つ野球」に長打・本塁打は不要という誤った思想を追求した挙句がこの惨状を招いたのだ。「守る」というのは文字通りの守備だけではなく、リードを強靭な投手力で「守り抜く」ことも含まれていると私は解釈している。肝心のリードを生み出す最も効率的な手段は何か? 言うまでもなく長打であり、本塁打である。

 チームに足りないものは火を見るよりもあきらかだ。本腰を入れて動かなければ、来季もまた同じ苦悩を続けることになる。

木俣はようやっとる (@kimata23) / Twitter