ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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清算にはまだ早い〜熱さ失った甲子園ラストゲーム

 2006年のドラゴンズは分厚い選手層を背景として圧倒的な強さを見せつけた、と語られがちだ。まあ間違いではないし、擦りに擦られてきた「10.10」の優勝試合を振り返れば、あの年の強さはリアルタイム世代ではないファンにも容易に伝わるはずだ。

 確かに強かった。あの強さは球団史上最強といっても過言ではない。ただ、決してペナントレースを “圧倒” したわけではなかった。それは優勝時期が10月10日までずれ込んだことにも表れている。それどころか、8月12日に早々とマジック40を点灯させながらも2位阪神とのゲーム差はじわじわと狭まり、9月29日には遂に後半戦以降、最接近となる2.0差まで追い詰められてしまう。

 エース川上憲伸を立てながらも、8連勝と勢いに乗る猛虎打線のえじきとなり惨敗。一時は「9月半ばには胴上げか」と浮き足立っていたのがウソのように、迫り来る虎の足音は日に日に中日ファンの安寧を浸食しつつあった。

 余談だが、私はこの日の夜、物損事故を起こしている。カーラジオで野球中継を聴きながら運転していたのだが、今岡誠の満塁走者一掃タイムリーが飛び出した瞬間に頭が真っ白になり、気が付いたらボンネットから電柱に突っ込んでいた。笑い話にもならないが、そのくらい当時の中日ファンは焦っていたし、気が気ではなかったのだ。

 落合監督は試合後「盛り上げてるのはマスコミだけじゃないか? ゲーム差は関係ない」と平静を装ったが、後に「あそこまで追い上げられるとは思わなかった」と涙ながらに語ったのをみれば、相当ストレスを抱えていたことはあきらかだ。

 まさに球史に残る歴史的な猛追。そんな阪神タイガースとのデッドヒートに事実上のピリオドが打たれたのは、明けて9月30日のことだった。秋晴れの甲子園を所狭しと埋め尽くした黄色い法被とメガホンの人、人、人。奇跡の逆転連覇を信じる阪神ファンの迫力は、試合前からドラゴンズを呑み込んでいるようにすら感じられた。

 その中にあって一人、緊張感をおくびにも出さず、あっけらかんと普段どおりにルーティーンをこなす男がいた。

「重い1敗? 命を取られるわけじゃないから大丈夫ですよ。(天王山の)こういう雰囲気は楽しいですよ」。声の主は福留孝介。この男の発する言葉はなぜか強がりには聞こえない。本心からそう思っているのだという、意志の強さが伝わってくるのだ。

 先制点を取ったのは阪神だった。出塁した赤星憲広を4番・金本知憲が返すという最も避けたかったパターンでの失点だった。地鳴りのような大歓声を背に孤独なマウンドに立つ山本昌は後の引退会見で、現役通じて最も印象に残る試合としてこの一戦を挙げている。それくらいプレッシャーのかかるマウンドだったということだ。

 1点を追うドラゴンズは5回表、ようやく荒木雅博のタイムリーで追いつくと、なおも攻め立てて2死一、二塁のチャンスを作る。ここで打席には3番・福留。その初球だった。福原忍の投じた外へのストレートを流し打ちでレフト線に落とし、逆転に成功したのである。値千金の逆転タイムリーツーベース。

 今でも目を閉じれば、静まり返るスタンドと照りつける西陽の美しさが昨日のことのようによみがえる。そして塁上には相好ひとつ崩さぬ福留と、やはり顔色ひとつ変えず戦況を見守る落合監督ーー。

 正直、このあとの展開はあまり覚えていない。とにかく記憶に残るのは、ここぞでクールに仕事を果たした福留の無類の勝負強さと、この一勝でゲーム差を3に戻し、マジックが「7」に減ったという事実である。試合前の憂鬱さとは打って変わり、もうドラゴンズの優勝を疑う者はいなかった。それくらい大きな、大きな勝利だったのだ。

強いは正義 弱いは損はプロ野球の宿命

●2-6阪神(25回戦:甲子園球場)

 今季の阪神戦はこの日がラストであるため、試合後には福留がライトスタンドへ挨拶に向かい、労いの拍手と喝采を浴びるという一幕があった。福留にとって、日本球界では唯一ドラゴンズ以外で袖を通したのがこのタテジマのユニフォームだった。8年もの長きにわたり “敵” として対峙した日々が懐かしい。

 試合の方は二日続けて盛り上がりどころもほとんど無いまま完敗。既に球団記録を更新した零封負けの記録が伸びなかったことだけが救いか。福留の引退御礼行脚と共に、なんだかチームそのものがシーズン閉幕に向けて清算に入っているような印象さえある。

 闘志を失った集団とは、かくも淡白なものなのか? その中にあって集中力を切らさず、気を吐き続ける岡林勇希土田龍空の両若手の存在が精神安定剤だ。とりわけ岡林は球団史上3人しかいない高卒3年以内での150安打がはっきりと視野に入ってきた。

 平然と負けを積み重ねる立浪ドラゴンズ。コーチのちょっとした所作が問題視されるのも、結局のところ「弱いから」に他ならない。強いチームならば、「これが常勝チームの緊張感」とかえって評価されることだってあり得た。強いは正義、弱いは損。資本主義の縮図たるプロ野球の宿命である。

 かつての息が詰まるほどの(そして運転をミスるほどの)熱い戦いは、もう見ることができないのだろうか? 岡林と土田といった若手が切り拓く未来が明るいものであることを切に願いたい。

木俣はようやっとる (@kimata23) / Twitter